“齋藤”か“斎藤”か――たった一文字で契約が止まった日

“齋藤”か“斎藤”か――たった一文字で契約が止まった日

「齋藤」と「斎藤」…たった一文字がもたらす地獄の始まり

司法書士という仕事をしていると、「そんなことで?」と思われるような些細なことで案件が止まる瞬間に何度も出くわす。なかでも、苗字の旧字・異体字の問題はなかなか手ごわい。「齋藤」なのか「斎藤」なのか、その一文字で、契約がストップするとは、正直こちらも想定していなかった。

文字の違いにこだわる依頼者たち

普段ならそこまで気にしない人が、契約書の段になると突然「この字じゃダメなんです」と言い出す。戸籍上の字は旧字でも、日常的には新字を使っていることが多い。でも、「これは家系の誇りだから」と言われると、こちらも黙るしかない。

「こっちが本当の字なんです」と言われた日

ある日、「齋藤」と名乗る方が来所され、事前に送ってもらっていた資料では「斎藤」と記載されていた。契約書もその表記で準備していたのだが、当日になって「正式には“齋藤”です。印鑑証明もそうなってます」と訂正を求められた。慌てて修正しようとしたが、その時すでに複数部印刷済み。地味にショックだった。

説明しても伝わらない微妙な漢字の違い

「どちらも同じ読みで、実務上は問題ないですよ」と説明しても、「でも意味が違う」「うちはこっちの字なんです」と押し切られる。たしかに本人確認書類の表記と一致させた方が無難ではあるが、いちいちこれを調整していたら時間がいくらあっても足りない。

登記や契約実務で旧字体が持つ重み

こういった異体字問題は、実は法務局よりも契約書の方が影響が大きい。登記簿では多少の揺れは許容されるが、契約となると話は別。相手方がこだわれば、こっちも修正せざるを得ない。相手が法人だった場合、さらに話がややこしくなる。

法務局は旧字でも通るが…相手がいると話は別

登記の世界では、文字の違いが多少あっても登記は通ることが多い。例えば「齋藤」でも「斎藤」でも実質的に同一人物とみなされる場合がある。しかし、契約書は相手がいて初めて成立するもの。相手のこだわり次第で、一文字の違いが修正地獄の入口になる。

電子データとの相性が悪すぎる

旧字はパソコンでの入力に向いていない。Wordで変換しても出てこなかったり、フォントによって表示されなかったりする。ましてやクラウド型の書類作成ソフトなどでは、文字化けのリスクもある。こうなると、「手書きにしましょうか?」という提案さえ頭をよぎる。

契約書作成で起きた“ひと悶着”の全貌

実際に起きたトラブルを一つ紹介しよう。地元企業との不動産売買契約。先方の担当者の名字が「齋藤」さんだった。こちらが事前に用意していた書類一式にはすべて「斎藤」で記載していた。結果は予想どおり、「これでは押印できない」と一蹴された。

Wordで変換しても出てこない“齋”の字

慌てて“齋”を探すも、MSゴシックでは見つからず、他のフォントに変えてようやく出てくる始末。設定を変え、スタイルを変え、それでも文字化けのリスクがちらつく。印刷しても、今度はプリンターが対応していないのか、かすれる。

印字できない、印鑑証明と違うと騒がれる

「この印鑑証明の字と違うのは、あとで問題になりませんか?」と聞かれる。正直、微差レベルでどうこう言う人もいれば、全然気にしない人もいる。でも、いざ問題になったとき、「誰が確認したのか」が問われるのは決まって司法書士側だ。

誰の責任か分からないけど怒られるのはこっち

印刷ミスでもなく、先方の言い間違いでもなく、ただ単に「事前に聞いてくれればよかったのに」と言われる。あらかじめ確認しようにも、「そこまで気が回らなかった」とこちらが謝るしかない。どう転んでも気分の悪いやりとりだ。

修正印の連打、訂正箇所の山

仕方なくすべての「斎藤」を「齋藤」に修正。印刷済みの契約書に修正印を入れていく作業。目がチカチカする。修正箇所が多すぎて、契約書がまるで赤入れされた原稿のようになる。

読みづらい訂正印だらけの契約書

訂正印だらけの契約書は、後から見ると「この契約って大丈夫なのか?」と不安になるくらい。条文の内容よりも名前の修正にページを割いている始末。もちろん法的には問題ないが、書類としての“見た目”が残念すぎる。

最後に言われた「こんな契約書で大丈夫ですか?」

そしてトドメは、依頼者からの一言。「この訂正だらけの書類、あとで問題になりませんか?」……だから言ったじゃないか。内心そう叫びながらも、「ご安心ください」と笑顔で答える。いや、本当は安心してない。

“ちゃんと聞いてたのに…”が通じない現実

司法書士は何かと“聞いた聞いてない”の責任を負わされることが多い。今回も、事前確認で「名字はこちらでいいですね?」と聞いたはずなのに、いざ当日になると「え?そうだったかな?」となる。信頼関係って一体何なんだろう。

確認したはずが、向こうの“齋藤さん”は別人扱い

先方の書類に“斎藤”とあっても、「これは入力した事務員が勝手にやっただけで、本当は“齋藤”です」と言われた。名前一つで本人確認の信頼性がぐらつく。登記申請でも、金融機関とのやりとりでも、「どっちが正か」より「誰が言ったか」が重視される。

本人確認書類と食い違う危うさ

印鑑証明・住民票・運転免許証で全部違う表記になっていたこともある。「どうしたらいいんですかね?」と聞かれて、正直「俺が聞きたいわ」と思った。司法書士にできるのは、整合性をとる努力であって、書類自体をどうにかすることではない。

司法書士の「説明責任」と「限界」の狭間

ミスがあれば叩かれ、確認しても信用されない。なんとも報われない立場だと思う。こちらとしては、最初に「旧字がある場合は必ず教えてください」と案内するしかない。でも、それすら「そんなこと知らなかった」と返されるのが関の山だ。

対策はあるのか?実務的な落とし所を探る

こうした旧字問題は、今後も必ず起こる。完全に防ぐことはできないにしても、減らす工夫ならできる。ポイントは、確認・共有・記録。この3つをどれだけ丁寧に行うかに尽きる。

最初に確認するべきは「印鑑証明書」の字

必ず最初の打ち合わせ段階で、印鑑証明書を提出してもらい、その字を契約書ベースにする。後から訂正するよりは、この方が圧倒的に早いし楽。とはいえ、印鑑証明書を後出しされることも多く、現実には思うように進まないのが悩みどころだ。

PDF化する前に、最後まで名字の確認

契約書や委任状をPDF化する前に、相手方の確認を必ず取る。とくに地方では「PDFを印刷してハンコ押したら終わり」みたいな雰囲気もあるが、その前段階で一度“字”のチェックを入れることで、後の修正を防げる。

「旧字OK」と明文化する覚書を添付する方法も

どうしても旧字が使えない場合(電子契約など)には、「当契約における氏名表記の差異は内容に影響を及ぼさない」旨の覚書を用意することも選択肢のひとつ。法的にはリスク回避の一助になるが、現場では「覚書のせいでややこしくなる」と反発されることもある。

愚痴だけじゃない、少しでも楽にする工夫

この仕事、愚痴を言いたくなることばかりだけど、それでも辞めないのは、自分なりに工夫してなんとか回っているから。ちょっとした対策が、心の安定にもつながる。

文字コード一覧を手元に置くようになった

パソコンの横には「常用外漢字一覧」を貼ってある。旧字・異体字をすぐに打ち込めるように、Unicodeを控えておくと意外と便利。こんなアナログな対策でも、実務では意外と役立つから馬鹿にできない。

Wordの辞書登録とショートカットで時短

よく使う旧字はIMEに辞書登録。たとえば「さいとう1」で「齋藤」が出るようにしてある。たったこれだけで、修正作業がかなり楽になる。事務員にも共有しておけば、トラブル発生時も少しはマシ。

それでも「またかよ…」と思う日はなくならない

どれだけ工夫しても、旧字体問題は定期的にやってくる。あまりにくだらなくて泣きたくなることもあるけど、それも含めてこの仕事。たった一文字の違いに、人生の一日が振り回されるなんて、司法書士って本当に損な役回りだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。

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