疲れのピークで迎えた、あの夜
正直なところ、その日は朝から嫌な予感がしていたんです。でも忙しい日はいつもそんなものだから、気にもせず通常運転。依頼も立て込んでいて、書類のチェックも押印も、なんとか今日中に終わらせたいという思いばかりが先走っていました。夕方を過ぎてもエンジンは止まらず、夜になってもまだパソコンに向かっていました。「この1件だけ片付けてから帰ろう」。今思えば、その判断が最悪だったんですよね。
夕方までは普通だった——つもりだった
事務員も17時には帰るし、そこからは完全に一人。私は静かな時間が好きで、つい「夜のほうが集中できる」なんて言い訳しがちなんです。でもその日は違いました。目はしょぼしょぼ、肩はパンパン、けど「疲れた」と認めたら終わりのような気がして、椅子にしがみついて仕事してました。ミスって、こういうときに起きるんですよね。
「もうひと踏ん張り」が一番危ない時間
この業界、締切とプレッシャーに押されて「あとちょっと頑張ろう」が口癖になりがちです。でも本当に危ないのはその「あとちょっと」の時間。注意力が完全に切れてるのに、根性で仕事しようとするから、平常時なら絶対に見落とさないレベルの誤記や書類ミスがポロポロ出る。実際、その夜に作った登記書類、地番が一桁違ってました。
静かな夜に、静かに起きたミス
その時は何も気づきません。淡々と処理して、印鑑押して、封筒に詰めて、「今日もよく働いたな」と一人ごち。家に帰ってビール飲んで寝たわけですが、翌朝、郵送前の確認で事務員に言われました。「先生、この番地、違いませんか?」と。血の気が引きました。あんな単純な間違い、なぜ気づけなかったのか——本当に自分が嫌になりました。
なぜミスに気づけなかったのか
「疲れていたから」と言えば簡単ですが、それだけじゃ済まされないのがこの仕事。私はミスを起こさないことに誇りを持っていたし、信頼で成り立っている業種だってこともわかっていたつもり。でもその“つもり”がいかに甘かったか、思い知らされました。
疲労と注意力の関係
司法書士の仕事って、脳みそのスタミナ勝負みたいなところありますよね。集中力が切れてると、見えてるはずの情報も脳に届かない。特に連日夜まで続くようなときは、誤字脱字だけじゃなくて、判断そのものがズレる。普段ならやらない書類の処理順で進めたり、いつもなら二度見するところをスルーしたり。疲労の影響って本当に恐ろしいです。
一人事務所という構造的な限界
人手が足りないと、どうしても「最後の砦」が自分しかいない状況が続きます。だから、自分のチェックが唯一の検閲になる。でもそれがどれほど脆いか、思い知ったんですよね。事務員がいても、最終確認はやっぱり自分がやる。誰かとダブルチェックができない体制は、ミスを前提に動かないと危ない。構造的欠陥と言ってもいいかもしれません。
確認作業が「作業」になっていた
チェックって、本来「頭を使う行為」なんですけど、ルーチン化しすぎると「ただの手順」になってしまう。ページをめくる、住所を見る、OKと書く。でも、実は全然見ていない。自分では確認したつもりでも、脳が働いていない。そんな状態で出す書類なんて、怖くてたまらないですね。
そのミスがもたらした現実
「ミスをしてしまった」よりも、「気づけなかったこと」が一番つらかった。人間だから間違うことはある、そう言い聞かせても、信頼を損なうことへの恐怖は消えません。そして、日常業務に差し支えるレベルの精神的ダメージを受けるんですよ。
翌朝、冷や汗とともに気づいたズレ
地番が一桁違うだけ。でもそれで登記は通らないし、手続きもやり直し。下手すりゃ信頼も失います。あの朝、事務員が指摘してくれていなかったら、間違ったまま法務局に出してました。冷や汗で背中がびっしょりになったの、今でも覚えてます。
事務員に「どうしてこれを…?」と言われたときの情けなさ
怒ってるわけじゃないのに、その一言が刺さるんですよね。「どうしてこれを…?」って。いや、俺が聞きたいよ、と。自分で自分を信じられなくなる感じが、こんなにもつらいとは思いませんでした。
誰にも責められていないのに、自分を責めてしまう
ミスを咎める人がいなくても、自分の中で勝手に反省会が始まってしまう。特に真面目な人ほど、心を擦り減らしてしまうんですよね。ミスそのものより、「やってしまった自分」の存在が許せない。精神的な自己消耗が止まらなくなります。
「なんでこんな簡単なことが…」の無限ループ
寝ても覚めても「あのミス」のことが頭をよぎる。「こんなこともできないのか」「もう向いてないのかも」って。これ、かなり危険な思考なんですけど、疲れてると歯止めが利かない。ぐるぐる思考に引き込まれて、次の仕事にも悪影響が出る。悪循環の始まりです。
優しさと責任感が自分を苦しめる
誰かのせいにしない。ちゃんと自分で引き受けようとする。その姿勢は大事だけど、全部を背負いすぎると潰れます。真面目で優しい人ほど、逆に壊れやすい。私もそのタイプだと思います。
この仕事を続けるために、今できること
「疲れたら休む」「無理しない」。言葉にすると簡単だけど、実行するのは本当に難しい。だけど、自分の体と心を壊してまでやる仕事じゃない、と最近やっと思えるようになってきました。
「無理をしない」が最も難しい
依頼者の期待、納期のプレッシャー、売上への不安——すべてが「無理してでもやれ」と言ってくる。でもそれに全部応えてたら、自分が壊れるだけ。無理をしない勇気って、たぶんこの仕事で一番必要なスキルかもしれません。
疲れたら休む、を言葉だけで終わらせない
最近は「今日はここまで」と区切るようにしています。書類の確認は翌朝に回す。夜に大事な判断をしない。たったそれだけで、かなり事故は減りました。完璧じゃないけど、少なくとも「あの夜」よりはマシな日々になってます。