なぜ相続を放置する人がこんなにも多いのか
「うちは大した財産もないから」「まだ元気だし、急がなくていい」といった言葉を、私は何度聞いたか分かりません。司法書士として日々接するなかで、相続手続きが後回しにされる現場をたくさん見てきました。そしてその“後回し”が、いずれ大きな迷惑と混乱を生むことを、遺された家族が一番身をもって知ることになるのです。誰かが始めない限り、相続は勝手に解決してはくれません。
手続きが面倒という本音
人は、わからないもの・手間がかかるものから目を逸らしたくなるものです。相続手続きもそのひとつ。戸籍の収集、遺産分割協議、登記の申請。聞くだけで面倒そうです。特に会社員の方などは平日時間を取れず、つい後回しにしてしまう。でも、面倒を避けたツケは、将来の家族にそのままのしかかります。
書類の多さにうんざりする気持ち
あるご依頼者が、「戸籍だけでこんなにいるの?コピーでいいと思ってた」と驚いていました。相続人が複数いれば、それぞれの戸籍・住民票などが必要になり、合計で20通を超えることも。書類の山を前にして、うんざりする気持ちはよくわかります。でも、それを放置すると、次に手続きをする人が二倍、三倍の労力を背負うことになるのです。
それでもやらないとツケが回ってくる
相続を放置したまま亡くなってしまった場合、その次の世代では相続人が倍以上に増え、関係性も希薄になります。実際に私が対応した案件で、20年放置された土地の相続人が15人に増え、協議書作成だけで半年以上かかりました。しかも、誰一人としてその土地に思い入れがなく、処分にも苦労したのです。
争いを避けたいという気持ちの裏にある無関心
「相続の話なんて縁起でもない」とか、「今それを話すと揉めるから」と、家族間で話題にしないケースもあります。けれど、それは本当の“思いやり”でしょうか?何も決めないままにすることで、残された人たちが困り、関係が悪化してしまうこともあるのです。
家族間の遠慮が事態を悪化させる
「長男が言い出すまで待とう」「妹は関係ないだろう」など、家族間の遠慮や気遣いが、逆に事態をややこしくしてしまうことがよくあります。誰かが動けばいいのに、みんなが“待ち”の姿勢でいたために、結果的に誰も動かず、手続きが放置される。そしてその沈黙は、やがて軋轢に変わっていくのです。
「そのうち話そう」は永遠に来ない
「今度みんな集まったときに話そう」「法事のついでに聞いてみよう」と思っているうちに、時間はどんどん過ぎていきます。ある方は、「話し合う前に兄が亡くなってしまって、もうどうしていいかわからない」と嘆いていました。“そのうち”という言葉がどれだけ危ういか、身に染みて感じました。
相続を放置されて困った実例
相続の放置がもたらすのは「少しの不便」どころではありません。放置された案件に巻き込まれた家族や親族は、余計な労力、時間、感情の摩耗を強いられます。なかには、まったく関わりたくない人のために奔走する羽目になった方もいます。これは私自身、何度も目の当たりにしてきた現実です。
他人事のように押し付けられる手続き
「相続のこと、全部お願いね。司法書士でしょ?」と親戚から言われたことがあります。私は司法書士ですが、プライベートな相続まで無償で背負う筋合いはないはず。でも、手続きがわかるというだけで、どんどん押し付けられます。そして、手間だけが増えて、感謝もされない。「頼れるからこそ」と言われるけれど、そんな無責任な頼り方にはうんざりします。
「あなた司法書士でしょ?」の一言で全部任される
親戚が亡くなったとき、私が司法書士というだけで、「相続登記お願いね」と電話がかかってきました。しかも、報酬の話は一切なく、完全に“家族の好意”として期待されていた。事務員に資料収集を頼むと「これ仕事じゃないですよね…?」と苦笑い。私はその一件で、家族と仕事の境界がどれだけ曖昧になり得るかを痛感しました。
無償でやる空気に疲弊する
結局、その案件は“家族のため”として処理しましたが、費やした時間は20時間以上。正直、事務所の運営にも影響が出ました。感謝の言葉があったわけでもなく、「さすがにもうプロに頼めば?」と内心では思いました。頼る側も頼られる側も、善意だけで動き続けるのは限界があるんです。
空き家の管理が親族間でたらい回しに
相続放置が原因で、誰のものとも言えない空き家が残ることがあります。「とりあえず鍵を預かって」という話が、「固定資産税だけ負担して」「草刈りもお願い」になり、最後は「売却の手続きして」にまで発展する。一度関わると、ズルズルと責任だけが増えていくのです。
誰も手をつけないまま老朽化していく現実
私の地元でも、放置された空き家がどんどん増えています。所有者不明のまま老朽化が進み、台風のたびに瓦が飛び、近隣住民から苦情が入る。行政代執行になるケースもありますが、それも時間とコストがかかる。こうなる前に、手続きさえしておけば、といつも思います。