気を張ってる間だけ元気に見える日々 ― 壊れる寸前で立ち続ける司法書士の本音

気を張ってる間だけ元気に見える日々 ― 壊れる寸前で立ち続ける司法書士の本音

気を張っている間は元気に見えるけど、それって元気なのか?

「元気そうだね」と言われることがあります。でも、そのたびに内心で「いや、そう見えてるだけだよ」とつぶやきたくなる。実際は、朝起きるのがつらくて、出勤までに何度も気合を入れ直してようやく立ち上がっている。気を張っている間は確かに動ける。でもそれは、ただ緊張で身体を動かしているだけ。帰宅後、玄関で靴も脱がずにそのまま座り込んでしまう自分を見て、「ああ、自分は元気じゃなかったんだな」と痛感するのです。

人前では平気な顔、ひとりになるとぐったり

お客さんや他の士業の先生と話すとき、私はなるべく明るく振る舞うようにしています。「元気がない司法書士には依頼したくないだろう」と思っているからです。でも、それは演技に近い。笑顔を保ち続けているだけで、体力をどんどん消耗している。事務所のドアを閉めた瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。誰にも見られていない場所では、しばらく何もしたくなくなってしまうのです。

依頼者との会話では笑顔も、心の中ではため息

最近も「相続登記をお願いしたいんですが…」という高齢のご夫婦が来所されました。丁寧に対応しながら、資料を説明して、笑顔で「大丈夫ですよ」と応じる。でも心の中では「また今月も予定がパンパンだな」「この件は遺産分割が揉めそうだな」とため息の嵐。プロだから表に出さないけど、内側はいつも悲鳴をあげてる。そういう日がずっと続いています。

帰り道に急にくる「電池切れ」の感覚

帰宅途中、車の中で急に無音にしたくなることが増えました。ラジオも音楽も全部オフ。真っ暗な道を、ただ無言で走る時間が心を落ち着けてくれます。だけど、それも「気を張る」モードが切れたから。コンビニの駐車場でしばらくぼーっとしていたり、エンジンを切るのを忘れて座っている自分に気づくと、「ああ、俺って本当は限界近いのかもな」と思います。

司法書士という職業がもたらす「緊張の継続」

司法書士は「間違えてはいけない」職業です。一文字のミス、一日の違い、それが命取りになることもある。だからこそ、常に緊張感を持って仕事をしています。でもその緊張が毎日続くと、身体も心もいつか壊れそうになります。気を張ることで集中は保てても、反動は必ず来る。わかっていても、緩める勇気が持てないのです。

些細なミスが許されない現場だからこそ

登記の添付書類に印鑑証明書を忘れたことはありませんか?私は一度だけやりました。それ以来、何度確認しても「本当に大丈夫か?」と自問するようになりました。確認作業に何重にも時間をかける。誰にも気づかれないけれど、こうした慎重さの裏には「失敗できない」という過剰なプレッシャーがある。小さなことでも、ずっと心に残り続けるのです。

間違い探しの日々に疲れ果てる

登記情報をひたすら見比べる作業は、まるで永遠の間違い探し。しかもその「間違い」が命取りになることもあるから、目をこらし続ける必要がある。正直、書類をめくる指すら重く感じる日もある。「これが一日中続くのか…」と朝から思ってしまうことも。それでもやるしかない。依頼者にとっては一生に一度の手続きかもしれないから。

気を抜くと一気に崩れる自分の感情

ふと気を抜いた瞬間、不意に涙がこぼれそうになることがある。何かあったわけじゃない。ただ、張り詰めていた糸が緩んで、堰を切ったように感情が溢れ出してくる。テレビの何気ないCMや、ふと流れた音楽に心がざわつく。これはたぶん、日常的に「気を張りすぎている」反動なんだと思う。自分でも怖くなるほど、崩れるのは一瞬です。

事務所を守るために、気を張り続ける覚悟

私の事務所は小さな地方の一人事務所。事務員さんが一人、あとは私。だから私が倒れたら終わりです。それがわかっているからこそ、無理をしてでも動こうとする。お客様に迷惑をかけたくない。事務員さんの生活も守りたい。でも、その気持ちがまた自分を追い込んでいるのかもしれません。

雇った事務員さんの前では倒れられない

事務員さんには不安な顔を見せたくない。「先生、最近ちょっとお疲れですか?」と聞かれても、「いやいや、元気だよ」と返す。でも、あれは優しさじゃなくて見栄かもしれない。誰かの前では強くあろうとするけど、それって本当に正しいのかな。事務所を守るというより、自分の弱さを隠してるだけなんじゃないかと思うと、時々つらくなるんです。

「大丈夫です」と言いながら胃を押さえる朝

たまに胃がキリキリと痛む朝があります。でも、それでもスーツを着て、玄関の鍵を回して事務所に向かう。「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせて。痛み止めを飲んで、マスクをして、何食わぬ顔で接客をする。そうして1日が終わると、また同じ痛みが襲ってくる。その繰り返しに慣れてしまった自分が、一番怖いのです。

責任感と孤独感の板挟み

責任感があるから続けられている。でも、その責任感が孤独を深めている気もします。誰にも頼れず、何でも一人で抱え込む。相談したくても、相談できる相手がいない。「司法書士だから仕方ない」そう思って生きてきたけれど、もう少し誰かと分かち合うことができたなら、ここまで気を張らなくてもよかったのかもしれません。

そんな自分を少しだけ許すために

この頃、少しずつ「気を張らなくてもいい時間」を作るようにしています。完璧じゃなくてもいい。弱さを見せてもいい。そう思えるようになったのは、同じように頑張っている人の声を聞く機会が増えたから。司法書士だけでなく、いろんな仕事に向き合っている人たちが、実は同じように無理していたんだなと知って、少し心が軽くなったのです。

「本当は疲れてる」と認める勇気

誰かに「疲れてるよね」と言われたとき、それを素直に認めるのって勇気がいります。でも、それを言えたとき、不思議と少しだけ元気になれる。私は最近、信頼できる同業の先輩に「実は最近ちょっと限界なんです」と打ち明けてみました。すると「俺も同じだよ」と返ってきて、涙が出るほど救われた。ひとりで頑張らなくていい。それが、今の自分を支える言葉です。

司法書士だって人間だから

どんなに正確さが求められる職業でも、人間は人間です。私たち司法書士も、悩んだり、落ち込んだり、ミスを恐れたりしながら働いています。元気そうに見えても、実は気を張ってるだけの人もいる。そのことを忘れずにいれば、自分にも、他人にも少しだけ優しくなれる気がします。完璧じゃなくても、生きていける。そう自分に言い聞かせながら、今日も仕事をしています。

同じように頑張る人への小さなエール

この文章を読んでくれているあなたも、きっと何かを抱えながら毎日を過ごしていると思います。「気を張ってる間だけ元気」そんな日々を続けるのは、正直しんどい。でも、それでも立っているあなたは、すごいと思います。私は司法書士だけど、あなたがどんな職業であっても、同じ気持ちで生きているのなら、心からのエールを送りたい。「無理しないで」とは言いません。ただ、「あなたのがんばりは、ちゃんと伝わってる」と伝えたいのです。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。