朝の静寂を破る一報
役所からの妙な依頼
午前九時を少し回ったころ、事務所の電話が鳴った。相手は地元法務局の登記官。ぼそぼそとした声で、「ちょっと見ていただきたい資料が地下にあって」と、まるで秘密を打ち明けるかのような口ぶりだった。正直、その時点で嫌な予感がした。
サトウさんのため息とコーヒー
「また変な依頼ですね」サトウさんはコーヒーを淹れながら言った。「地下って、まるでサザエさんの波平さんの書斎くらい閉鎖的な空間ですよね」。うまいこと言うなと思いつつ、僕は返事を濁した。「まあ、朝から地下ってのも、気が重いよなあ…」とぼやきながら書類カバンを肩にかけた。
封印された地下階の調査
誰も立ち入らない保管庫
法務局の裏手、鉄の扉が一枚。鍵を渡されて、自分で開けてくださいと案内されたそこは、いかにも立ち入り禁止という空気を纏っていた。中に足を踏み入れると、カビ臭さと書類の粉じんが鼻を突く。懐中電灯の光が埃を切り裂くように走る。
埃まみれの登記簿の山
棚の上に乱雑に積まれた登記簿の山。年代も様々で、古いものは手書きで記されていた。中には墨がにじみ、もはや解読不能なページもある。ところがその中に、あるべき所有者の記載が不自然に削除されたようなものが混ざっていた。
謎の登記情報
所有者の名前が消えている
昭和の終わり頃に登記されたある山林の台帳。その所有者欄が一部消されていた。二重線でもなく、訂正印もない。不自然極まりない修正だった。「これは、、、書き換えじゃないですね」とサトウさんが言った。「物理的に削られてます」
時効かそれとも意図的か
相続関係の時効を待って、誰かが書類を操作したのではないか。そんな仮説が浮かぶ。しかし、登記官の話では該当者は存在しないという。つまり、その土地は誰のものでもない幽霊地。意図的な“透明化”が行われた可能性が高かった。
消えた登記官の存在
サザエさんのような旧庁舎の謎
調査の過程で、廃棄された旧庁舎に一度だけ配置されていた登記官の名前が浮上した。しかしその職員は、20年前に急に辞めていた。理由は不明。建物の配置図を確認すると、地下には存在しないはずの「記録室B」の記載が残っていた。
古参職員の意味深な証言
「記録室B?あぁ、あそこは今は使われてませんよ」と、古参の事務職員がぼそっと言った。「昔は登記を“整える”ために使われてたんですよ」。整える、という表現に僕は違和感を覚えた。「修正」でも「確認」でもなく、「整える」……。
地下に響いた足音
誰もいないはずの時間帯
調査の続きを行うため再度地下に入った夕方、背後に足音が響いた。明らかに一人分ではない。誰かが棚の向こうにいる。僕は恐る恐る声をかけた。「誰かいますか?」返事はない。だが、誰かがいる気配は確かにあった。
やれやれ、、、俺の出番か
警察を呼ぶわけにもいかない。証拠もない。登記官も尻込みしている。仕方なく、司法書士としてこの謎に踏み込むしかないと覚悟を決めた。「やれやれ、、、俺の出番か」ボヤきながら懐中電灯を再び握り直した。
全ての帳簿が揃うとき
繋がる現在と過去の土地
後日、別件で調査していた司法書士仲間から連絡があった。「その土地、実は戦後すぐの登記が抹消されてたらしい」。抹消記録と一致するページが保管庫に眠っていた。消えた所有者は、戦後に不正取得した土地の本当の持ち主だった。
サトウさんの一手が光る
サトウさんが裏取りしていた旧戸籍から、亡くなった所有者の相続人を突き止めた。その人物はなんと、今は別の町の役場で働いていた。「これで、土地の権利が戻るかもしれませんね」淡々とそう言う彼女に、僕は少し感謝した。
真相と決着
登記簿の奥に隠された動機
動機は明白だった。戦後の混乱期に手に入れた土地を、正当な相続人が現れる前に自分のものにしようとした。関係者はすでに死亡し、時効すれすれのこの“事実”は、地下の帳簿とともに葬られるはずだった。
司法書士という職業の矜持
司法書士にできるのは、記録を守り、法に照らして真実を導くことだ。大それた正義ではないが、小さな修正が、誰かの人生を取り戻すこともある。事務所に戻り、サトウさんに「助かったよ」と言うと、彼女は一言、「当然です」とだけ返した。