登記申請に現れた不審な依頼
書類の矛盾に気づいた瞬間
ある月曜の朝、年季の入った封筒を手にした依頼人が事務所にやってきた。内容は単純な相続登記。だが提出された被相続人の除籍謄本に違和感があった。相続人として記載された名前が、登記簿にあった旧所有者のものと微妙に違っていたのだ。
名前だけの相続人とは何者か
戸籍の読み間違いか、あるいは単なる誤記かと最初は思った。だが、相続人だという男性の名前は、まるで誰かが後から書き加えたような不自然さだった。筆跡に統一性がなく、印鑑の位置もずれていた。
被相続人の足取りを追って
近所の証言に揺れる事実
この町の古株である喫茶店のマスターが口を開いた。「あの人には、たしか子どもはいなかったはずだよ」――その一言で、私の中の警戒が確信に変わる。提出された戸籍の正当性を疑うべきだと。
消えた権利証と古びた金庫
さらに調査を進めると、故人の住居跡にあった古い金庫が開けられた痕跡が見つかった。中身は空っぽ。ただ、近隣の人によれば、以前は「権利証のようなものがしまわれていた」との話だった。
サトウさんの鋭い観察眼
判読不能なメモに隠されたヒント
「これ、裏に何か透けてますね」――サトウさんが古い封筒の裏側を透かして見せた。そこには鉛筆で書かれた数字の羅列があり、その一部は地番と一致していた。どうやら隠された情報があるらしい。
謄本に残された不自然な記録
さらに、謄本の一部に、なぜか抹消されていない仮登記が残っていた。それは10年以上前のもので、住所も現住所と違っていた。まるで意図的に残された痕跡のように思えた。
遺言書の裏に潜む思惑
公正証書か自筆証書か
提出された遺言書は公正証書のコピーだというが、原本を見せることを依頼人はなぜか頑なに拒んだ。「本人の意思を尊重して」と言うが、それは遺言書そのものの信用を損なうものだった。
証人の証言は信じられるのか
遺言書の証人として記載されていた二名のうち、一人はすでに亡くなっており、もう一人は「そんな名前を使われた覚えはない」と否定した。つまり遺言書は虚偽の可能性が高い。
登記官のひと言で動く真実
登記ミスかそれとも意図的か
管轄の法務局に赴き、登記官に記録の確認を求めたところ、ひとつの申請書副本に奇妙な訂正印が見つかった。「この訂正、本人の印じゃありませんね」――登記官の一言で、事態は急展開を迎えた。
二重登記のからくりを暴く
不動産の一部にだけ別名義の登記が存在していたことが発覚した。相続登記に見せかけた贈与登記。すべては登記簿を操作するための偽装だった。手口は古いが、巧妙だった。
犯人はすぐそばにいた
動機は些細な恨み
犯人は依頼人の遠縁の者だった。動機は遺産ではなく、過去に家族から無視され続けたという怨念だった。「家の名前を残すのは俺しかいない」と繰り返していたという。
書類の細部に隠れた証拠
決め手となったのは、仮登記の申請書に使われていたボールペンのインクの成分だった。最新のものと一致し、明らかに10年前の筆記ではなかった。科学が真実を証明した。
最後に明かされた真実
仮登記の裏にあった計略
仮登記は、相続ではなく売買を装って後日本登記に移行させるための布石だった。だがその計画は、サトウさんの冷静な分析と地道な照合作業によって潰された。
登記簿が示したものとは
法務局に正式な登記修正がなされ、すべては元の名義に戻った。登記簿は静かに、そして確実に真実を記録していた。人の嘘はいつか記録の整合性によって暴かれるのだ。
シンドウのぼやきと決着
やれやれと言いつつも
「やれやれ、、、また登記簿に振り回される日々か」――コーヒーをすすりながら、私は思わず口にした。机の向こうではサトウさんがいつも通り無言で書類を綴じている。どこか安心する時間だった。
正義は静かに登記された
依頼人に戻された登記完了証の封筒は、今日も変わらず地味な茶封筒。だがそこには確かに、ひとつの正義が記録されている。司法書士の仕事とは、こういう日々の積み重ねなのかもしれない。