ファイルの中の目撃者

ファイルの中の目撃者

朝の通知と眠気と

朝の弱い俺がようやくパソコンの前に座ったその時、司法書士連合会からの電子通知が目に飛び込んできた。 件名は「不正アクセスに関するご報告」。見るからに嫌な予感がする。目覚ましより効果的に心拍数を上げてくれるメールなんて、他にはない。 「やれやれ、、、」思わず口にしてしまった。朝イチで事件の香りだ。

いつもの事務所に走る違和感

サトウさんが黙って差し出してきた湯気の立つ缶コーヒーを受け取りながら、俺は事務所の空気がいつもよりピリついていることに気づいた。 理由はすぐに分かった。連絡のあった顧客データに、先週確かに「抹消登記完了」と記録したはずの人物の名前が再び登記申請に登場していた。 あの仕事は終わったはずだ。なのに、なぜ?

電子証明書システムからの警告

電子証明書のログにアクセスすると、見慣れない深夜のタイムスタンプが残っていた。 その時間、俺はカップ焼きそばを食べながら『サザエさん』の再放送で波平が説教してるのを聞いていた。 証明書の発行履歴を辿ると、確かにこの端末から「申請」がなされていた。まるで、俺がやったかのように。

依頼人の名前に覚えあり

再登場した名前——木村翔太。五年前、相続登記を依頼してきた男で、少し影のある目をしていた。 手続きは滞りなく終えたが、何かこう、気になる違和感が残るタイプの依頼人だった。 今回の申請内容には、彼の亡き父の土地の「売却」が含まれていた。そんな話は、一切出てこなかったはずだ。

登場したのは数年前の取引相手

俺の記憶に間違いがなければ、木村は父親の遺産を守ることに固執していた。 それが急に売却?しかも、抹消済みの名義で? 明らかに何かがおかしい。これはただのミスではない。

削除されたはずの委任状ファイル

さらに不審な点があった。削除済みのはずの「委任状ファイル」が復元され、しかもPDFの作成日時が変更されていた。 だが、ファイル名はそのままだった。 誰かが内部に詳しい情報を持って操作している。そう、俺たちの業務フローを知っている誰かが。

不正ログインの痕跡

調査を進めるうちに、事務所内LANに外部IPからのアクセス履歴があることが判明した。 この事務所にVPN設定なんて高尚なものはない。つまり、直接攻撃されたのだ。 そのIPは、木村の故郷である福井県のプロバイダを示していた。

証明書のタイムスタンプが語る真実

電子証明書のログには改ざんされた痕跡はなかった。つまり、「偽のログイン」ではなく「正規の利用」に見せかけた操作だった。 証明書の発行履歴と照合して、サインされたファイルの「真正性」を確認する。 ログインしていたのは、確かに俺のアカウント。だが俺ではない。

サトウさんの鋭い指摘

「USBが抜かれた形跡、ありますよ」 無表情で言うサトウさんの指摘に、俺は背筋が凍った。 過去に使っていたICカードリーダー対応USBデバイスが、引き出しから“いつの間にか”なくなっていたのだ。

元野球部の勘と証拠の照合

試合中、打者の癖を感じ取るあの感覚は、こういう時にも役に立つ。 木村の過去の申請データと今回のログの言い回しが、そっくりだった。 同じ誤字、同じ句読点の位置。データが証言していた。書いたのは同一人物——木村だ。

保管フォルダの奥にあったログ

ローカルに保存されていたバックアップのログには、削除前のファイルと異なる形式の申請ファイルが存在していた。 それは試作段階で使っていた旧様式。 つまり、木村は過去のバックアップからデータを持ち出し、改ざんして申請に使ったのだ。

ファイル更新時間に隠された嘘

申請ファイルのタイムスタンプは「午前2時13分」。その頃俺はサトウさんの前で寝落ちしていた。 証人がいる。というか監視者だ。 「寝息、結構うるさかったです」とサトウさんがつぶやく。ありがたいやら、恥ずかしいやら。

登記申請の裏に潜む影

木村は、不正に電子証明書を利用し、過去の委任を偽装して土地の売却を進めようとしていた。 司法書士の資格がなければ通らない細かな手続きも、過去のやりとりで把握していた。 だが、細部に現れる“癖”までは隠せなかったのだ。

なりすましの署名と謎のUSB

警察に通報し、問題のUSBを証拠品として提出。 ICチップの読み取り履歴と、申請されたデータが一致した。 これで、木村の不正が正式に立証された。

結末と静かな正義

事件が片付き、ようやく平穏が戻った午後。 波平の声は聞こえないが、事務所にはコポコポとコーヒーメーカーの音が響いていた。 俺は缶コーヒー片手に、久しぶりに深く座椅子に沈み込んだ。

司法書士としての最後のひと押し

あのとき、証明書が“見ていた”おかげで真実にたどり着けた。 紙の証拠がすべてだった時代なら、きっと木村の策略は成功していたかもしれない。 しかし今、デジタルの目はごまかせない。

「やれやれ、、、」と呟いた午後

サトウさんが小さなため息をついた。「次はハンコじゃなくて、声紋認証にしましょうか」 俺は頭をかきながら呟いた。「やれやれ、、、その前に昼メシだな」 静かに笑ったサトウさんの横顔が、今日はちょっとだけ柔らかく見えた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓