登記簿にいない住人
忘れ去られた古家の登記依頼
梅雨の湿気が染み込んだ朝、ぼんやりとした頭でメールチェックをしていると、古びた一軒家の相続登記依頼が届いた。依頼主は、数年前に亡くなった祖父の家を売りたいという孫の女性だったが、登記簿に祖父の名前が載っていないという。 件の家は、町外れの竹林の中にあり、周囲からも「昔から誰かが住んでいるようで、誰も見かけたことがない」と噂されていた。法務局で調査した登記簿には、明治時代の名義人の名前が残ったままだった。
サトウさんの冷静な分析
「つまり、相続登記義務化の前からずっと放置されてたってことですね」と、サトウさんがパタパタと書類をめくりながら言う。 「なにかが変だな……」と俺が呟くと、彼女は冷たく返す。「また妄想ですか?ちゃんと調べてから言ってください」 やれやれ、、、彼女の正論はいつも骨身にしみる。だが俺の鼻は、こういうときに限って妙に利くのだ。
登記簿から抜け落ちた存在
古い登記簿を確認すると、確かにその家の所有者は「遠山善次郎」とある。だが、彼の相続関係が全く記録されておらず、その後の所有移転もなされていない。まるで時間が止まったようだった。 さらに調べると、この遠山善次郎という人物、昭和初期に失踪扱いとなっており、死亡届も出されていない。謎は深まるばかりだった。
地主の死と義務化の影
この数年、相続登記の義務化で取り扱う案件が増えている。だが、こういう古い土地は、制度の網の目をくぐり抜けて今まで放置されてきた。 依頼人である孫の女性は、「子供のころ、おじいちゃんと一緒にあの家に泊まったことがあるんです」と語るが、その“おじいちゃん”の名前と登記簿上の名義人が一致しないのだ。
名義人は誰なのか
相続関係説明図を作成しようとするが、戸籍があまりにも複雑だった。なんと、登記名義人・遠山善次郎の子供だと思われていた男が、実は戸籍上では“養子”にも“実子”にも該当しないという奇妙な存在だった。 これは、ただの手続きミスではなく、何かを意図的に隠した痕跡かもしれないと感じた。
噂される深夜の足音
現地確認に行った俺は、近所の老婆にこう言われた。「あの家、夜になると人の足音がするんだよ。誰も住んでないのにさ……」 そう言えば、登記名義人は行方不明で死亡扱いになっていなかった。もしかすると、法律上はまだ“生きている”のかもしれない。亡霊が徘徊するのは、心の中だけじゃないのか。
やれやれ、、、とつぶやきながら
帰り道、草の生い茂る細道を歩きながら、俺はため息混じりに「やれやれ、、、」と口にした。 だが、こういうややこしい案件ほど燃えるのもまた事実だ。俺の中のどこかに、名探偵コナンの阿笠博士とルパン三世のとっつぁんが同居している気がする。
法務局で見つけた旧台帳
サトウさんが見つけてきた旧土地台帳には、遠山善次郎の備考欄に赤い文字で「居住不定により無効」と記載されていた。 これは、当時の内務省の処理によるもので、正式な手続きが取られたものではなかった。つまり、形式的にはまだ“登記名義人”は生きている可能性が残されていた。
影の持ち主を暴く証拠
証拠は意外なところにあった。依頼人の祖母が保管していた、昭和30年代の家屋明細書には、所有者として「遠山善次郎の息子・遠山康一」と記されていた。 しかし、この康一という人物は戸籍上どこにも存在していない。つまり、非嫡出子か、偽名を使っていたかのどちらかだ。
昭和の名残と偽装の匂い
よくよく調べると、遠山善次郎は戦後すぐに失踪したのではなく、GHQの財産調査から逃れるために名前を変えて生きていた可能性が高かった。 登記を移すと、戦後処理の過程で差押えの対象になることを恐れ、意図的に名義変更を行わなかったのだ。
サザエさんの三河屋のように
「三河屋さんみたいですね」とサトウさんがぽつり。出入りはするけど、いつ来たのか分からない、不思議な存在。 「三河屋が亡霊だったらホラーでしょ」と俺が返すと、「あなたのうっかりミスの方がホラーです」と冷静に刺された。心の傷は深い。
すれ違った記憶の亡霊
依頼人の祖父は、遠山康一という名前ではなく、まったく別の氏名で生活していた。だが、家族の記憶の中では確かに“おじいちゃん”だった。 亡霊とは記録に残らない存在、しかし確かに生きていた証のことを言うのかもしれない。
相続を拒んだ真の理由
登記されなかったのは怠慢ではなく、意思だった。遠山善次郎は、国から逃れるために、そして家族を守るために「存在を消した」。 結果として、孫たちは苦労しているが、その選択が家族にとって唯一の安全策だったのかもしれない。
戸籍に刻まれた悲しき真実
最終的に、戸籍の附票や住民票の除票などを駆使し、遠山善次郎の子孫であることを裏付ける証拠を提出できた。 形式的な登記はようやく整い、依頼人も安心して家を売ることができるようになった。
亡霊の正体と解決の一手
結局、亡霊の正体は「法律の隙間」だった。登記簿にいないということが、まるで存在しないことのように扱われる時代。 だが、それでも人は生きて、そこに記憶を残すのだ。
登記完了そして静かな家
すべての登記が完了し、古家には静けさが戻った。もう足音は聞こえない。 俺はそっと帽子を脱ぎ、空を見上げた。野球部時代の癖がまだ抜けていない。 やれやれ、、、また一つ、名前のない物語が終わった。