登記簿が暴いた背後の影

登記簿が暴いた背後の影

最後の登記申請

梅雨の晴れ間の午後、机の上にぽつんと置かれた登記申請書が、何とも言えない違和感を放っていた。申請人の名前、物件の所在、添付書類——どれも不備はない。だが、直感が囁いていた。「何かがおかしい」と。

提出先の法務局は混雑していた。けれど、この書類だけは、普通に処理するには何かが引っかかる。サザエさんの中島くんのように「えへへ」と笑って処理してしまってはいけない、そんな空気を纏っていた。

書類に残された違和感

物件の地番は、見慣れた町内の一角。しかし、名義変更の理由が「贈与」とあるのに、当事者の住所が遠すぎる。なぜ、わざわざこの土地を?動機が薄いのだ。しかも、添付された印鑑証明の発行日が妙に古い。

「贈与です」と言われて、はいそうですかと頷けるほど、この業界は平和じゃない。サトウさんが書類を黙って読み込む視線が、だんだん鋭くなってきたのが見て取れる。これは、事件の香りがする。

土地の名義人に潜む謎

名義人は、数年前まで地元で駐車場業を営んでいた人物。だが数年前に姿を消し、その後の消息は不明だ。サトウさんが手際よく住民票の除票と戸籍を取り寄せたところ、名義人は二年前に亡くなっていた。

「贈与」は死人からは受けられない。これは単なるミスではなく、誰かが“名義人がまだ生きている”と見せかけて登記を動かそうとしている証だ。やれやれ、、、また一筋縄ではいかない案件だ。

顧客からの一本の電話

その矢先、一本の電話が鳴った。「この登記、急ぎでお願いしたいんです」と早口の男性。依頼人の名前は申請書と一致したが、なぜか名乗りがぎこちない。こちらの質問には終始、言葉を濁す。

「ちょっと時間がなくて」と言いながら、焦りを隠しきれない声。そのくせ、こちらの動きは逐一把握したがっている。裏に何かあるのは明白だった。

妙に急かすその理由

翌日、再び連絡があり、「今日中に出してくれないと困る」と食い下がる。その理由を尋ねると「税務署の件で……」とだけ答えた。贈与税の申告期限か何かだろうが、状況が一致しない。

サトウさんが「この人、別人かもしれません」と呟いた。確かに、依頼時と声の調子が違う。つまり、“なりすまし”の可能性が浮上したのだ。

名前を伏せた相談者

その日の午後、別の相談者が事務所を訪れた。顔色の悪い中年男性で、「ちょっと相談がありまして……」と前置きした後、こう切り出した。「実は、この土地にまつわることで人に脅されているんです」。

名乗らなかったが、目は明らかに何かを知っている目だった。「名義人は私の兄でした。でも、亡くなった後、土地を巡って変な男が現れて……」背後に、地元では見かけない“誰か”がいるようだった。

現地調査という名の遠征

私は現地へ足を運ぶことにした。かつての名義人が使っていたという物件は、今や雑草に埋もれ、ゴミも放置されていた。だが、その様子には“誰かが最近出入りしている”痕跡がある。

敷地の奥、玄関脇に置かれた空の灯油缶が不自然に新しい。電気メーターもわずかに動いている。「廃屋にしては、生きすぎている」そんな印象を受けた。

錆びた表札と空き家の真相

表札は消えかけていたが、しっかりと“名義人”の名前が読み取れる。だが近隣住民の話では「その人なら5年前に病気で亡くなった」との証言。やはり申請書の内容は虚偽だった。

さらに、「最近、若い男がたまに様子見に来てるよ。見知らぬ人だね」との情報も得られた。やはり、誰かがこの物件を使って別の目的を果たそうとしている。

近所の住民が語った証言

住民の話によると、名義人の死後、この土地は相続手続きも行われず放置されていたらしい。それを知ってか知らずか、急に現れた男が「自分が相続人です」と言って掃除を始めたという。

だがその後、誰かが警察を呼び、男は立ち去ったとのこと。どうやら、一度この土地を“実行支配”しようとした形跡があるようだ。

サトウさんの冷静な指摘

事務所に戻ると、サトウさんが一言。「贈与に見せかけて、実は売買ですね」。彼女の指摘は的確だった。買主が“贈与”に偽装することで、名義変更を通そうとしていた。

理由は明白、贈与であれば売買契約書も不要、印紙税も抑えられる。その裏をかくつもりだったのだ。

筆界未確定地の罠

さらに調査を進めると、この土地は隣地との境界が未確定であることが判明。これを利用すれば、将来的に隣地も自分のものにできると目論んだのかもしれない。

まるで怪盗キッドのトリックのように、登記制度の隙間を突いてくる輩は後を絶たない。だが、その手口は稚拙だった。

登記情報の更新ミスか改ざんか

登記簿の過去の履歴を見ると、最後に更新されたのは10年以上前。これは、何者かが意図的に登記を“眠らせた”可能性がある。所有者死亡後も更新しなければ、記録上は「まだ生きている」ように見せかけられる。

「記録に残る嘘ほど、たちが悪いものはない」と私は呟いた。

元所有者の失踪記録

死亡届は出されていたが、戸籍に死亡の記載がされるのは少し遅れていた。これを利用した者が、戸籍と登記の“ズレ”に乗じて不正を働こうとしたのだ。

その時間差を読んだ知略は侮れないが、詰めの甘さで墓穴を掘っていた。

相続放棄された理由

兄弟たちは皆、相続を放棄していた。理由は借金。土地が残されても、そこに税金や債務が乗っていれば、誰も引き継ぎたがらない。そして、それを利用したのが今回の犯人だった。

空き家と未登記、放棄された相続。三拍子そろえば、裏工作にはうってつけだったのだ。

残された遺言書の矛盾

最終的に出てきたのは、形式不備の自筆遺言書。「この土地は●●に渡す」と書かれていたが、その人物は登記申請の依頼人とは異なっていた。すべてが綻び始めていた。

結局、犯人は贈与を偽装した偽名の男で、過去に何度も不動産詐欺の前科があった。

解決とその余韻

偽装登記は未然に阻止され、土地は相続放棄によって国庫に帰属する流れとなった。静かな終わりだが、登記簿は確かに、嘘を見抜く武器となってくれた。

「やれやれ、、、」私は椅子にもたれ、天井を見上げた。サザエさんで言えば、タマが玄関でこっちを見ているような、そんな妙な安心感があった。

登記簿に戻った本来の名前

虚偽の申請は破棄され、名義はそのまま凍結された。虚構の上には何も築けない。登記簿の一行が、すべてを物語っていた。

私はそっとファイルを閉じ、次の案件へと目を向けた。

サトウさんの無言の微笑み

サトウさんは何も言わず、湯呑みにお茶を注いだ。そして一言、「昼、蕎麦でいいですね」。それは、無言の労いだった。

やっぱり、この事務所の名探偵は彼女なのかもしれない——そう思いながら、私は頷いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓