書類の山とため息の日々

書類の山とため息の日々

気づけば机の上は書類の山だった

朝一番で片づけようと決めたはずの登記申請のチェックシート、返却されてきた戸籍謄本、押印漏れの契約書。気づけば机の上はすでに小さな山。どれも放っておけない、でも今すぐやらなきゃいけないかといえばそうでもない。そんな「中途半端に急ぎ」の案件が積もっていく。掃除をしてもすぐに散らかる部屋のように、私の机も毎日「片づけ途中」で終わる。

「あとでやる」が積もってできた小さな山脈

「これ、午後でいいか」「電話のあとにやろう」そんな小さな「あとで」が重なると、書類の山はあっという間に地形を変える。片づけようとした瞬間、電話が鳴る。来客が来る。今すぐ対応しないといけない案件が飛び込んでくる。気がつくとさっきの「あとで」はどこかに消えて、明日の「あとで」に繰り越される。それが3日続けばもう山。1週間後には峠を越える高さになっている。

つい後回しにしてしまう定型業務

特に後回しになりがちなのが「確認作業」。登記申請の添付書類が正確か、補正指示に対応できているか、そういうのは「急がないけど重要」な案件。でもその「急がない」がクセモノで、つい他の業務に押されて後回しにしてしまう。ミスの原因はだいたいこの確認作業の不足から来るのに、わかっていても疲れていると「とりあえず先に進めておこう」と思ってしまう。

毎月恒例の「月末地獄」との戦い

月末になると、この「書類の山」はさらに暴れ出す。月次決算、登記の締め、顧問先への報告…。ルーチンワークだけで1日が潰れる。頭では「計画的に処理すれば楽になる」とわかっている。でも実際は、突発的な電話や相談で計画はいつも破綻する。何より一番の敵は、自分自身の「やる気が出ない」気持ち。月末には必ず「この仕事、向いてないのかもな」と思う自分がいる。

ため息は誰にも聞こえないBGM

気がつくと、ひとりごとのようなため息を何度もついている。誰かと話している時はなるべく出さないようにしているけど、ひとりになった瞬間に出る、深いため息。事務所の静けさに混ざって、まるでBGMのように響いている。聞こえているのは、自分だけ。だけど、自分で自分に「大丈夫か?」と問いかけているような、そんな音だ。

疲れてないふりをする習慣

人前で弱音を吐くのが苦手だ。特に事務員の前では、なるべく元気そうに見せるようにしている。「大丈夫ですか?」と聞かれると、反射的に「うん、大丈夫」と返してしまう。でも本音は「全然大丈夫じゃない」。しんどくてたまらない。でも、そんな自分を見せるわけにはいかないという謎の責任感が、さらに自分を追い込んでいく。

事務員の前では「明るく」見せる努力

私の事務所には事務員がひとりいる。彼女にまで重い空気を出してしまっては、職場の空気がもっと沈んでしまう。だから「お疲れさま」「ありがとうね」と、明るく言うようにしている。でもその笑顔の裏では「本当は今日もう限界だった」と思っている日もある。誰かに頼れないというのは、自分で自分を孤独に追い込んでいるのかもしれない。

内心では「もうやめたい」が渦巻く

正直なところ、週に1回は「もう辞めたい」と思う。依頼者の無茶な要求、ミスをしたときの自己嫌悪、連日続く過労感。どれも自分が選んだ道だから文句は言えない…と思い込もうとしているけど、しんどいものはしんどい。たまに「今、全部投げ出したらどうなるんだろう」なんて空想してしまう。でも現実には明日も依頼者が待っている。それがまた重たい。

孤独と戦う男の昼休み

昼休み。といっても、実際は15分あるかないかのことが多い。コンビニで買った弁当を無言で食べながらスマホを眺める。それだけで終わる。誰かと会話するわけでもなく、何かを楽しむわけでもなく、ただ次の業務までの「待機時間」として存在するだけの昼休み。たった15分のはずなのに、やけに長く感じるのは、心が空っぽだからなのかもしれない。

コンビニ弁当とスマホの無言の時間

同じ弁当、同じ味、同じ景色。スマホを見るけれど、SNSは眩しすぎる。「友達とランチ」「今日も頑張った」そんな投稿を横目で見ながら、口の中にご飯を放り込む。誰とも目を合わせず、誰とも会話せず、ただ「休憩」と名のついた無の時間をやり過ごす。これが、今の私の昼休みだ。

誰とも話さずに終わる1日もある

たまに、本当に誰とも会話しない1日がある。依頼も来客もなく、電話も少なく、ただひたすら書類と向き合って終わる日。誰かと話せば疲れるけれど、誰とも話さなければ寂しさが残る。そんな矛盾した孤独感が、この仕事にはついてまわる。仕事してるのに、社会から切り離されてるような気がする日もある。

誰にもモテないけど、それなりに生きてる

正直、モテたことはほとんどない。ましてやこの歳になると、恋愛なんてもう縁遠い。でも別に悲しいわけじゃない。ただ、誰かと一緒に晩ごはんを食べるとか、「おかえり」と言われる暮らしがどんなものか、ふと考えることはある。今はただ、自分で買ってきたカップラーメンと、録画したドラマを流すだけの夜。それでも、それが私の現実であり、悪くない日々だとも思っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。