午後の沈黙に気づく瞬間
時計の針が午後2時を指したとき、ふと気がついた。「あれ?今日、誰とも喋ってないな」と。電話は鳴らず、来客もなく、事務員さんとも最低限の会話しかしていない。机の上には書類が山積みで、パソコンの画面はずっと開きっぱなし。でも、この空気の中で一言も声を出していない自分に、妙な違和感を覚える。司法書士という職業の性質上、こういう日があること自体は理解していたつもりだったが、それにしても、こんなに無言のまま時間が過ぎていくことが、こんなに重たくのしかかるとは思わなかった。
ふと時計を見て、ため息をつく
パソコン作業の合間に何気なく壁掛けの時計を見る。いつの間にか午後も後半に差し掛かっているのに、今日自分が発した言葉を思い返すと、「おはようございます」と「お願いします」だけだった。まるで録音再生のようなやりとり。ため息混じりに「やれやれ」と心の中でつぶやく。自分の存在を、誰も確かめてくれないような感覚。そういえばこの前、声がかすれて出なかったときに、「声帯が退化してるんじゃないか」と思った。そんな冗談すら、笑ってくれる人がいないのも寂しい。
「おかしいな、今日は何してたっけ」
時間が経ったはずなのに、何をしていたかがあまり思い出せない。もちろん仕事はしていたし、登記も仕上げたし、書類チェックも進めた。でも、「人と接した記憶」がまったくない。カレンダーにはアポがなかったとはいえ、それでも「誰かと関わる一日」の感触がゼロなのは、なんとも言えない虚しさを伴う。「何かを成し遂げた」というより「ただ日が流れていた」ような気分になる。
独り言すら出ない日は、案外多い
一人暮らしで独身、事務所でも無言。そうなると、独り言さえ出ない日が出てくる。昔は「よし!終わった!」とか「疲れたー」なんて無意識につぶやいていたのに、今はそれすらない。無言が続くと、自分の存在感が薄れていくような気がして怖くなる。テレビの音がやたらと大きく感じる夜、その反動で話し相手が欲しくなる。でも、もう夜は遅くて誰にも電話できない。こうしてまた、次の日も静かに始まってしまう。
司法書士という仕事の静寂
司法書士という仕事は、誤解を恐れずに言えば「人と話さなくても成立する職業」だ。メール、FAX、チャットワーク、Zoom。今はすべてが非対面で完結できるようになった。便利になったぶん、雑談や立ち話といった“無駄”が一気に削ぎ落とされてしまった。それが効率的であることは頭では分かっている。でも心の中では、「もうちょっと喋ってもいいのにな」と思う。
電話も鳴らず、チャイムも鳴らず
開業したての頃は、電話が鳴るたびにドキドキしたし、来客があるたびに緊張していた。でも今では、それらが一日に一度も鳴らないことが珍しくない。問い合わせも減り、紹介も一巡し、落ち着いてきた証なのかもしれないが、その「静けさ」が、時に「孤独」に変わる瞬間がある。音がないということは、世界と自分の接点が断たれているような感覚になるのだ。
静かであることが仕事の証?
「司法書士の仕事って静かでいいですね」と言われたことがある。そのときは「まあ、そうですね」と愛想笑いで返した。でも実際には、静かすぎる環境に慣れすぎると、人間としてのバランスを崩しそうになる。誰にも見られていない、誰にも期待されていないような錯覚。集中力は高まるけど、それと引き換えに人間関係の感覚が鈍くなっていくのを感じる。
忙しいのに、誰とも会わない矛盾
この業界には「忙しいけど孤独」という妙な現象がある。朝から晩まで書類や案件に追われているのに、人と会話することはほとんどない。電話対応もなく、打ち合わせもオンライン。仕事は進んでいるのに、充実感がない。その矛盾に気づくと、ますます孤独が際立ってくる。「こんなにやってるのに、誰にも伝わらない」——その虚無感は、なかなか重い。
事務員さんとは必要最低限の会話だけ
事務所には事務員さんが一人いる。とても真面目で、仕事も丁寧だ。でも、こちらがあまり話さないからか、向こうも最小限の会話しかしない。お互い気を使っているような空気が漂っていて、雑談のひとつもできない関係。気を抜けば気まずくなりそうで、だからこそ仕事の話だけで済ませるようになってしまう。でも時々、「もう少し人間らしいやりとりがしたい」と思ってしまう。
「お疲れ様です」だけで一日が終わる
「おはようございます」「これ、お願いします」「お疲れ様です」——その3つだけで、一日が終わってしまう日もある。沈黙のなかでパソコンをカタカタ打つ音だけが響き、自分の存在がどこか宙に浮いているような感覚。声に出すことが少ないと、自分の言葉すら信じられなくなる気がする。「本当に生きてるんだろうか」と、変な方向に思考が逸れることもある。
気を使わせている気がして話せない
もともと人付き合いが得意ではない。だから話しかけるときも、「今このタイミングで大丈夫かな」と考えてしまう。逆に、相手から話しかけられることも少ない。「所長は忙しそうだから」と思われているのかもしれないが、実際は誰かと少し話せたら嬉しいのに、と内心思っている。それでも口に出せずにまた無言で一日が終わる。この距離感のまま、何年も続くのだろうか。
話題が浮かばない、歳の差の壁
事務員さんは20代で、自分はもう45歳。話題が合わないのも当然といえば当然。流行りのドラマも知らないし、推しのアイドルにも興味がない。無理に話そうとすると空回りするのが目に見えているから、結局沈黙を選んでしまう。でも本当は、「歳の差を超えた雑談」ができたらどんなにいいだろう、と思ってしまう。やっぱり、人と話すって難しい。