「好き」だけじゃ続けられない日々
司法書士の仕事が嫌いなわけじゃない。むしろ、この仕事が好きだ。依頼者の困りごとに向き合い、手続きを整えて、感謝の言葉をもらったときには、やっぱりこの道を選んでよかったと思える。でも、だからといって「好きな仕事だから毎日が充実している」かといえば、現実は違う。気づけば、心も体も疲れていて、仕事の終わりには真っ暗な事務所の中でため息だけが響いている。好きという気持ちだけでは、どうにもならない壁に、何度もぶつかってきた。
やりがいはある、でも疲れがとれない
開業してから10年以上、やりがいという言葉だけを心の支えにしてやってきた。登記も相続も、ひとつひとつの案件には重みがあって、責任も感じている。でも、朝から晩まで一人であれこれ対応していると、知らず知らずのうちに心も体もすり減っていく。休日も気が抜けず、いつ電話が鳴るかと思えばゆっくり休めた気がしない。ふと鏡を見ると、そこにいるのは疲れきった自分。やりがいと引き換えに、何か大切なものを失っている気がしてならない。
書類の山と、電話の鳴り止まない日常
ある日、朝から電話が鳴り続けていた。相談、問い合わせ、急ぎの案件。対応しながらも、机の上には昨日からの書類の山。目の前の処理をこなすことで精一杯で、ひと息つく暇もない。気づけば昼ご飯も食べずに夕方を迎えていた。そんな日の帰り道、自販機の缶コーヒーを飲みながら思った。「この働き方、あと何年続けられるんだろうか」と。効率的に働くなんて理想論で、実際は“やるしかない”状況が続いている。
一人事務所の限界が見えてくる瞬間
事務員さんが一人いてくれるだけでも助かっている。でも、実際のところ、業務の9割は自分で回している感覚だ。依頼が重なれば、残業も休日出勤も当たり前。人を増やす余裕もないし、任せきれない性格も足を引っ張っている。ミスが許されない仕事だからこそ、全てを自分で確認してしまう。結果、ますます負荷が増える。“限界”という言葉を何度も呟くようになった。
人に頼れない性格が足を引っ張る
「自分でやったほうが早い」と思ってしまうクセがある。だから、多少忙しくても無理して背負ってしまう。結果的にそれが自分を追い詰めているとわかっているのに、誰かに頼ることができない。過去にミスされた経験や、任せたことでかえって手間が増えた苦い思い出が脳裏をよぎる。「だったら最初から自分でやる」。その積み重ねが、今の疲弊につながっている。
「好き」が「しんどい」に変わる瞬間
この仕事をしていて、一番つらいのは“好き”な気持ちがいつの間にか“しんどい”にすり替わっていくことだ。やるべきことは明確にある。クライアントにも誠実に向き合っている。それでも、どこかで心がついてこない。体は動いていても、心が置いてきぼりになっているような感覚。そんな日は、帰ってから電気もつけず、布団に倒れこむ。
たとえば、報われない夜
ある日、相続の件で何度も相談に乗った高齢の依頼者から、理不尽なクレームを受けた。内容は、こちらに全く非がないにも関わらず、「対応が冷たい」と。時間外にも対応し、丁寧に説明したのに、その一言で心が折れた。その晩、コンビニの惣菜を食べながら、「何のために頑張ってるんだろう」と思った。誰にも話せず、ただモヤモヤだけが残る夜だった。
クライアントの一言に折れそうになる心
基本的に、感謝されることよりも、不満や文句のほうが心に残る。とくに、自分なりに誠意を尽くした案件で冷たい言葉を受けると、「自分が悪かったのか？」と必要以上に自責してしまう。こんな性格だから、余計に心がしんどくなる。「もっと鈍感になれたら楽なんだろうな」と思いつつ、それができないまま、また翌日も同じように働いている。
小さな達成感より、大きな虚しさ
案件が無事に終わった瞬間、一瞬だけ達成感がある。でもその後すぐに、「次の案件が…」と現実に引き戻される。終わりがない。繰り返し、繰り返し、似たような手続きをこなしていく日々。慣れた作業のはずなのに、心のどこかでは「何かが足りない」と感じている。何も変わらないまま時間だけが過ぎていく。
missing value──どこかが欠けている感覚
司法書士としてやってきて、それなりに経験も積んだ。周囲からも「安定してるね」と言われる。でも、自分の中ではずっと、“missing value”のような欠落を感じている。それが何か、明確にはわからない。でも、間違いなく、何かが足りない。それはもしかしたら、評価や感謝、あるいは誰かと分かち合う時間かもしれない。
目に見えない“何か”が足りない
数字で見える実績は増えている。依頼もそれなりにある。でも、心の中は空洞のようだ。たとえば、賞状や感謝状をもらっても、しばらくすると「それで？」という気持ちになる。もっと別の“何か”が欲しいのに、それが何かわからない。目に見えないからこそ、埋めることができない。そのもどかしさが、心を疲弊させていく。
たぶんそれは「承認欲求」かもしれない
「頑張ってるね」「あなたがいて助かった」そんな言葉を、誰かから言ってもらえたら、きっと少しは救われる。でも、司法書士という職業は、そういう言葉をあまりもらえない。問題が起きないことが“成功”とされる仕事だからこそ、感謝よりも“当然”として扱われる。それが長く続くと、存在意義すら見失いかける。
誰かに褒められたくて頑張ってるのかもしれない
結局のところ、誰かに「あなたのやってることは意味がある」と言ってもらいたいのかもしれない。子どもの頃、テストで良い点を取ったら褒めてもらえたように、大人になっても人は承認を求めてる。でも、仕事が日常になればなるほど、褒められる機会は減っていく。だから、心の奥に“missing value”が生まれてしまう。
仕事には満足。でも心が乾いていく
業務そのものは嫌いじゃないし、社会的にも意味のある仕事をしている自負はある。それでも、夜遅く一人で事務所の電気を消すとき、「何やってるんだろう」と思ってしまうことがある。仕事には満足しているのに、なぜか心は満たされない。そんな矛盾を抱えたまま、また次の日が始まる。
「ありがとう」よりも欲しかった言葉
依頼者からの「ありがとうございました」の言葉、それはもちろんうれしい。でも、もっと深い部分で、“自分という人間”を認めてもらいたい気持ちがある。それは、「仕事ができる」だけじゃなく、「あなた自身がいてよかった」と言ってもらえるような存在としての承認。そんな言葉を求めること自体が、甘えなのだろうか。
認めてくれる誰かがいれば、もう少し違ったのか
もし、傍に認めてくれる誰かがいたら、もう少し楽に働けたのかもしれない。たとえば家族やパートナー、あるいは気軽に愚痴を言える仲間。けれど今の僕には、仕事場にも家にもその相手がいない。だからこそ、自分の存在価値が曖昧になっていく。missing value、それは“誰か”の存在だったのかもしれない。
司法書士という選択、間違いだったのか？
時々、本気で考える。「この仕事を選んだのは正解だったのか？」と。好きで始めたはずの仕事が、今は少しずつ重くなっている。でも、それでも続けている理由も確かにある。それを思い出せる日がある限り、まだ僕は、司法書士として立っていられる。
資格を取ったあの日の自分に問いかける
司法書士試験に合格した日、あの達成感は今も忘れられない。「自分にもできた」という自信が、人生を支えてくれる気がしていた。でも、実際の業務は地味で、人間関係の気配りと神経戦の連続。そのギャップに、最初の頃は戸惑った。今は慣れたけれど、「これが自分の望んだ未来だったのか」と思うこともある。
理想と現実のギャップに、今さら気づく
理想の司法書士像は、もっとスマートで、もっと人から頼られる存在だった。でも、現実はトラブル処理と書類対応に追われ、疲れ果てた姿ばかりが映る。努力すればいつか報われると思っていたが、報われないことのほうが多い。それでも、続けるしかない。今さら道を変える勇気もないから。
「独立して自由になる」は幻想だったかもしれない
独立すれば、自分の裁量で仕事ができて、自由があると思っていた。だけど実際は、責任と不安がセットになって襲ってくる。誰も助けてくれないし、何かあっても全部自分で背負うしかない。自由とは、孤独と隣り合わせなのだと、独立して初めてわかった。
それでも続けている理由
それでもこの仕事を辞められないのは、時折見える一瞬の光のせいかもしれない。依頼者が本当に困っていて、それを救えたときの表情。感謝の言葉よりも、その安堵の表情が心に残る。その一瞬のために、また机に向かってしまう。たとえmissing valueが埋まらなくても、それでも誰かの役には立っている。それが僕を、今日も司法書士として立たせてくれている。
