事務員が辞めた。それだけで仕事が止まった
たった一人の事務員が辞めただけで、事務所の機能がここまで麻痺するとは思っていなかった。正直に言えば、辞めると聞いたときも「まあ何とかなるだろう」とタカをくくっていた自分がいた。だが、現実は甘くなかった。朝の書類準備から郵便物の確認、電話応対、メールのチェック、依頼者対応に至るまで、何もかもが止まった。事務所の“心臓”が止まるというのは、こういうことだったのだと思い知った。
朝のルーティンすらこなせない
いつも通り出社したはいいが、まず何をやればよいかが分からない。事務員が毎朝やっていた郵便物の確認や登記情報の整理、プリンターの用紙補充すら手が回らない。お恥ずかしい話だが、私はこの10年間、朝のルーティンをほぼ任せきりにしていた。「ルーチンワークなんて楽だろう」と思っていた自分を殴りたい。いざ自分がやろうとすると、全然段取りが分からないのである。
「あれ、どこにしまった?」が止まらない
依頼者から「前に送った戸籍って届いてますか?」と電話があった。棚を開けるも、それらしき封筒が見当たらない。書類の管理は完全に事務員任せだった。彼女の頭の中にはすべての保管場所が入っていたのだろうが、私には皆目見当がつかない。机の上に積まれた書類の山を前に、ただただ呆然とするばかりだった。
期限管理を全部一人でやる恐怖
登記の申請期限や相続登記の準備期限など、司法書士の仕事には“いつまでにやるか”がついて回る。事務員がいた頃は、「この件、来週火曜日までですよ」と声をかけてもらえていた。それが今は、自分で管理しなければならない。しかも、忙しくてスケジュール帳に書くのを忘れることもある。うっかり期限を過ぎれば信用問題だし、最悪訴訟にも発展しかねない。そんな恐怖がずっと頭に張り付いている。
属人化の罠──知らないうちにすべてを任せていた
この仕事、気付かないうちにどんどん属人化していく。「あの人に聞けばわかるから」「任せておけば大丈夫」——この安心感が最大の落とし穴だった。彼女が辞めた今、私は“ブラックボックス化”した事務所業務の中に一人取り残されている。属人化は楽だけど、持ち主がいなくなった途端に事務所は機能しなくなる。
「あの人に聞けばわかる」状態の末路
ある日、過去に作った議事録の雛形を探していたのだが、どこに保存されているか分からない。WordなのかPDFなのか、クラウドなのかUSBなのかも曖昧。事務員に聞けば一発だったのに、それがもう叶わない。結果、ゼロから作り直す羽目に。非効率極まりない。
マニュアル? そんなものはない
業務マニュアルなんてものは存在しない。というより、作ろうと思ったことすらなかった。「見て覚えてくれればいい」「仕事をしながら慣れればいい」と思っていたからだ。だから彼女が辞めてしまった今、私自身が仕事の進め方を思い出しながら、手探りで処理していく日々が続いている。自業自得とはいえ、つらい。
メールのパスワードすら分からない現実
メールの確認をしようとして気づいた。「あれ? メールのパスワード何だっけ?」。普段使っていなかったアカウントは、事務員が設定していたもので、私はログインしたことすらない。急ぎの連絡が届いていたとしても、見られない。結局、プロバイダーに問い合わせてリセットする羽目になった。
代わりがいない地方事務所の現実
都市部ならまだしも、地方では人材がそもそもいない。事務員が辞めたからといって、すぐに代わりを見つけるなんて夢のまた夢だ。求人広告を出しても、反応はゼロ。ようやく応募があっても、司法書士事務所の業務に耐えうるスキルがない。完全に詰んでいる。
求人を出しても応募がない
ハローワークにも出したし、求人サイトにも掲載した。だが、1ヶ月経っても問い合わせゼロ。そもそも「司法書士事務所って何をやってるの?」という人ばかり。専門用語も多いし、業務内容もややこしいし、敬遠されるのも無理はないのかもしれない。
条件は悪くないのに、なぜ来ない?
時給もそこまで安くしていないし、基本的には残業もない。土日休みだし、有給だってしっかりある。それなのに応募が来ない。つまり条件の問題じゃない。職種そのものが「選ばれにくい」時代に入っているのだろう。
そもそもこの業界が敬遠されている
司法書士事務所って「お堅そう」「面倒くさそう」「何やってるか分からない」というイメージが強い。いくらこちらが「やさしく教えますよ」と言っても、その段階にすらたどり着かない。根本的に業界自体がマイナーになりつつある現実を痛感している。
司法書士は「登記だけやってればいい」は幻想だった
「俺は登記だけに集中したいんだよ」と言いたくなる気持ちは分かる。でも事務員がいなければ、登記以前に机に座る時間すら取れない。電話対応から郵便、コピー、銀行へのおつかいまで、雑務が山ほどある。司法書士って、想像以上に“雑用係”でもある。
来客・電話・事務処理…結局全部やる羽目に
電話が鳴れば出るしかない。来客が来れば対応するしかない。その合間に登記の調査をして、書類を作る。そんなマルチタスクに慣れていない私には、とにかく時間の流れが早くて苦痛だった。夕方になるとぐったりして、登記業務に集中する気力も残っていない。
本来の業務時間が削られるストレス
せっかく案件が動きそうなのに、日中はまったく自分の業務に集中できない。結局、夜や土日に仕事を回すようになってしまい、心身ともにすり減っていく。今さらだが、事務員の存在って“時間を買っていた”ということに気づかされた。
それでも、どうにかするしかない
正直、愚痴を言っていても状況は変わらない。だったら少しずつでも「辞められても何とかなる仕組み」にしていくしかない。自分一人で回すのが当然、ではなく、“誰でも代わりができる体制”が必要だと本気で思っている。
少しずつ業務を可視化していくしかない
まずはマニュアルづくりから始めた。ルーティン業務の流れ、書類の保管ルール、クラウドのフォルダ構成などを少しずつ書き出している。全部を一気にやろうとすると潰れるので、毎日15分ずつ。そう決めて取り組んでいる。
「辞められても大丈夫」な仕組みを今から
属人化を解消することが、私のような小規模事務所の生き残り策になる。少なくとも、もう「全部あの人任せ」はやめようと思う。時間はかかっても、業務の見える化・仕組み化こそが、本当の意味での“安心”につながると信じている。