事務所に虫が出ても一人で対処するしかない

事務所に虫が出ても一人で対処するしかない

虫が出た時に頼れる人がいない現実

地方の小さな司法書士事務所。華やかさとは無縁で、基本的に静かに業務をこなす毎日だ。ただ、その静けさを突如として破るのが「虫」である。夜間に登記の確認をしているとき、不意に視界の端を走る黒い影。その瞬間に心臓が跳ねる。誰かを呼ぶわけにもいかず、結局すべて自分で対処しなければならない。事務員は夕方には帰るし、家に帰れば独身の部屋。誰にも「虫が出た」と言えないまま、黙って処理し、また机に戻る。虫との戦いは、そんな日常の一部になっている。

虫嫌いでもやるしかない孤独な戦い

そもそも虫が得意な人間なんて、どれくらいいるのだろうか。少なくとも私は大の苦手だ。特に、あの茶色くて素早いゴキブリが出た日には、仕事どころではなくなる。だが、自分しかいないので逃げるわけにもいかない。仕方なく新聞紙を丸めて武器にし、息を殺して近づく。昔、深夜に飛んできたゴキブリに驚いて手元の書類を台無しにしたことがある。大事な書類に殺虫スプレーの霧がかかり、翌日泣きながら作り直した。虫が一匹出ただけで、なぜここまで追い詰められるのか。答えは簡単、自分以外にやってくれる人がいないからだ。

深夜の事務所に現れる「黒い影」

虫が出るタイミングは決まっている。夜、疲れた目をこすりながら最後の登記内容を確認している時。突然、デスクの脇の壁をすばやく走る「黒い影」。あの一瞬の恐怖は、何度経験しても慣れることがない。たいていは殺虫スプレーで応戦するが、まれに見失うともう最悪。気配だけが残り、書類にも集中できず、結果的にその日は早めに仕事を切り上げることになる。虫一匹に一日の終わりを支配される。それが一人事務所の現実だ。

悲鳴も上げられない、一人事務所の宿命

悲鳴を上げても誰も助けに来ない。それどころか、防音のきいた事務所では自分の声すらむなしく響くだけ。都会のビルの一室と違って、地方の一軒家風事務所では、助けを求めても近所にも届かない。以前、あまりに驚いて椅子から転げ落ちたことがある。その音に近所の猫が驚いて逃げていっただけだった。そう、結局、すべては自分で処理しなければならないのだ。「虫ごときで」と笑われるかもしれないが、そんな「ごとき」が積み重なると、精神的にはけっこうなダメージになる。

虫退治グッズの常備がルーティンになる

虫に立ち向かうため、殺虫スプレーは常に2種類常備している。即効型と残留型、用途に応じて使い分けるのがコツだ。他にもゴキブリホイホイ、超音波撃退器まで導入している。なんならAmazonのレビューを読み漁って、「虫対策オタク」になりかけている。それでも出るときは出る。お金と手間をかけても、完璧には防げない。夏場などは特に厄介で、出現率が倍増する。業務の一環かと思うほどに虫対策に時間を費やす日もある。これは、独り事務所を守る者の「あるある」だと思う。

殺虫スプレー、ゴキブリホイホイ、そして精神力

虫退治には道具も大事だが、それ以上に必要なのは「覚悟」と「精神力」だ。特に飛ぶタイプの虫が出たときは、殺虫スプレーを持っていても躊躇する。逃げ腰で噴射しても当たらないし、部屋中が薬品臭くなるだけ。ある日、勇気を出して壁を叩いたら、その振動で電球が落下し、照明まで壊れた。結局、虫一匹のせいで数千円の出費。でも、誰も責められないし、誰も手伝ってくれない。虫を前にして自分の無力さを痛感するのだ。

虫が出るたびに感じる、誰にも頼れない無力感

人は誰かに「助けて」と言えたときに救われる。でもこの仕事、この生活では、言えないことが多すぎる。虫が出るたびに、「なんで自分がこんなことまで」と思う。しかし、そういう小さな不満やストレスを吐き出す場所がないのも事実だ。友人は家庭を持ち、相談できる相手もだんだん減ってきた。「虫くらい我慢しろ」と言われるのがオチだろう。だからこそ、私は今日も一人、静かに虫と向き合っている。

事務所を守る責任と現実のギャップ

司法書士として、事務所を構えた以上は「責任感」が求められる。でも、その実態は「なんでも屋」に近い。書類作成、相談対応、そして虫退治。外から見える「先生」の姿と、実際の姿には大きなギャップがある。華やかでも、スマートでもない。むしろ地味で、孤独で、地道な仕事の連続だ。それでも、誰かの人生の節目に関われるこの仕事を辞めたいとは思わない。ただ、たまには「虫ぐらい誰か退治してくれ」と、弱音を吐きたくなるのだ。

「士業」としての体面と虫への恐怖

「士業」とは聞こえはいいが、実際には現場の雑務も自分でこなす。特に地方では事務所運営もワンオペに近く、ゴミ出しから掃除、トイレの詰まり対応まで、まさに何でも屋。そこに虫が加わる。依頼者が来る前に必死で虫の死骸を処理していたこともある。恥ずかしさをこらえて、冷静を装う姿は「士業」の名にふさわしいのか。そんな疑問すら浮かぶ。

虫と孤独と、誰にも話せない日常のひとコマ

虫が出ても誰にも話せない。ましてや「虫が怖くて仕事にならなかった」なんて、笑い話にもならない。だが、これが現実だ。誰にも頼れず、自分でやるしかない。孤独に慣れているはずの自分でも、虫の出現でふと弱さが顔を出す。そんなときこそ、「同じような経験をしてる人がきっといる」と思いたい。誰にも言えないからこそ、こうして文章にして吐き出す。それだけでも、少しは救われる気がする。

事務員さんがいる日でさえ「虫対応」は自分

ちなみに、うちの事務員さんは優しいけど、虫は完全にNG。「先生お願いします」と真顔で言われてしまえば、こちらも引き下がれない。内心では「勘弁してよ…」と思いながらも、スプレー片手に出動する羽目になる。結局、虫というのは一番偉い(?)人が処理する仕組みらしい。だからといって、報酬が増えるわけでもなく、感謝もされない。虚しさと哀しさが入り混じる一瞬だ。

他人には話せない、ちっぽけだけど切実な悩み

虫に悩まされているなんて、小さな話に聞こえるかもしれない。だが、その「ちっぽけさ」が積み重なると、心のどこかを確実に削っていく。誰かと笑って話せれば少しは楽になるのだろうが、司法書士としてのプライドや体裁もあって、なかなかそれができない。だから私は今日も、密かに虫退治の技術を磨いている。

共感してくれる人がいると信じたい

この話に共感してくれる人が、ほんの少しでもいてくれたら、それだけで十分だ。「俺もそうだよ」「分かるよその感じ」——そんな一言があれば、また明日も頑張れる気がする。虫一匹に翻弄される司法書士の現実。笑えるような、笑えないような。だけど、これもまた仕事の一部。そう自分に言い聞かせて、今日もスプレーを片手に、事務所の片隅で構えている。

同業者にはわかってほしい「小さな戦い」

この文章を読んでくれた誰か、同じように一人で事務所を守っているあなた。もしあなたも「虫、出たことあるよ…」と思ったなら、それだけで仲間だ。小さな戦いかもしれないけれど、こういうことの積み重ねが、一人の士業を形作っている。私はそう信じている。

虫退治だけじゃない、ひとり事務所のリアル

虫退治は氷山の一角にすぎない。照明の取り替え、パソコンの不具合対応、郵便物の仕分け、すべて自分でやる。「士業」というより、まるで「雑用係」だ。だが、それも全部含めて、自分の事務所を守るということなのだろう。誰も褒めてくれないけれど、誰かの人生の大切な場面に関われる仕事だからこそ、続けていられる。たまに虫と戦いながらも。

照明の取り替えから電球の掃除まで全部自分

一人事務所では、ちょっとした電球の取り替えですら大仕事だ。高い脚立を引っ張り出し、手を伸ばして交換する。その途中でまた虫が出てきたりしたらもう最悪だ。照明の熱で虫が寄ってくるのかもしれない。そんな時には心の中で「誰か助けてくれ〜」と叫びながら作業するが、もちろん誰も来ない。それでも、やるしかない。

だからこそ、虫退治くらいじゃ折れない

こんな毎日でも、なんとか仕事を続けていけている。虫退治も、自分で電球を替えるのも、郵便物を仕分けるのも、全部一人でやっているからこそ、ちょっとしたことにも耐性がついてきた。だから、たとえゴキブリが出ても、最近は冷静に対応できるようになってきた気がする。たぶん、それが「成長」ってやつなのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。