連休が嬉しいとは限らない
世間では「連休」と聞けば誰もが嬉しいものだと思われがちだ。しかし、私の場合は少し違う。カレンダー通りにぽっかり空いた休日が近づくたびに、なんとも言えない憂鬱がじわじわと心を覆ってくる。予定もなく、誰かと出かけることもない。ただ静かに流れていく時間に身を委ねるだけの日が、果たして本当に「休み」と言えるのか。仕事に追われているときの方が、むしろ気持ちの整理がついていたような気さえする。
よかったね休みでと言われても返事に困る
連休前になると、知り合いや取引先から「連休ですね、ゆっくりできますね」と言われることが多い。でも、そのたびに曖昧に笑って「ええ、まあ…」と返すのがやっとだ。本音では、何をすればいいのか分からず、ただ時間に取り残されていくような焦りと不安に包まれている。「休むこと」が前提になっている空気の中で、休んでも休まらない人間がいるという事実はなかなか理解されにくい。
予定のない休日がかえってしんどい
子どもの頃の連休は、遊びや旅行であっという間に過ぎていた。しかし今は、予定のない連休が「何かしなきゃ」と無言のプレッシャーをかけてくる。何か特別なことをしていない自分が、ダメな人間のように感じる瞬間すらある。せめて本でも読もうと手に取るが、ページをめくっても頭に入ってこない。スマホを見ても誰からも連絡はない。そうやって、どんどん自分が透明になっていくような感覚になる。
誰かに会うでもなく時間だけが過ぎる
事務所が休みの日は、誰とも言葉を交わさずに1日が終わることもある。近所のスーパーに行っても、会話は「袋いりますか?」くらいだ。元野球部で、かつては仲間と声を張り上げていた自分が、今は静まり返った部屋で昼を過ごしている。このギャップがひどく寂しい。そんな日が何日も続くと、少しずつ「生きている感覚」が薄れてくるような気さえしてくる。
仕事があるほうがまだ気が紛れる
忙しい平日は文句を言いながらも、気づけばその日その日を乗り越えている。相談者の対応、書類のチェック、法務局への提出…。やるべきことがある日々は、少なくとも「無意味」ではないと自分に言い聞かせられる。しかし連休はその拠り所を一気に奪ってくる。休みとは名ばかりで、実際にはただ「社会から切り離された感覚」に苛まれている。
忙しさに隠れていた孤独が顔を出す
いつもなら朝からバタバタしていて、昼食もコンビニおにぎりを急いでかき込むような毎日だ。だけどその慌ただしさこそが、私にとっては「孤独を隠してくれる壁」だったのかもしれない。手を動かしていれば、余計なことを考えずに済む。でも、連休になるとその壁がなくなる。自分の生活の薄さや、人とのつながりの希薄さが一気に露わになって、どうしようもなく落ち込んでしまう。
書類と向き合っているときのほうが落ち着く
司法書士という職業は、他人から見ればお堅い仕事に思えるかもしれない。でも、私にとっては一番「自分でいられる時間」だ。書類に目を通し、丁寧に押印し、登記の準備をする作業は、ある意味で無心になれる。その分、休日にそれがないと、どうしても心が浮ついてしまう。世間が浮かれている分、心はどんどん沈んでいく。
休み中は何もしてない自分に焦りを感じる
誰にも強制されていないのに、「何かしなきゃ」「この時間を活かさなきゃ」と焦る自分がいる。テレビもSNSも「連休を満喫する人」であふれていて、それと自分を比べてはため息が出る。ゆっくり寝ていればいい、という考え方もあるだろうが、独身で一人暮らしとなると、ただ寝ているだけでは余計に虚しくなることもある。休みの過ごし方にも、正解はないのかもしれない。
元野球部の性分が裏目に出る瞬間
「休むこと」に慣れていないのは、たぶん昔の部活の影響もあると思う。野球部時代は「気を抜いたら負け」という世界で育ってきた。雨の日でもランニング、年末年始も練習。そんな生活を何年も続けていれば、「ダラける=悪」という価値観が染みつくのも無理はない。今でも休みの日に何もしていないと、なんだか罪悪感すら覚える。
張り切ることが正義だと思っていたあの頃
あの頃は、声を出してグラウンドを走り回っていると、それだけで褒められた。やる気を見せることが大事だったし、「休みたい」と口にするのは弱音だと思っていた。でも今は、その頑張りグセが自分を苦しめている。誰も見ていないのに無理に自分を奮い立たせようとして、結果的に疲れてしまう。もっと自分に甘くしてもいいのに、それがどうしてもできない。
気を抜くことに罪悪感がある
世間が休んでいるからといって、自分も休んでいいとは思えない。むしろ、他人が休んでいる間に動いている方が安心する。それは裏を返せば、どこかで「自分は遅れている」「努力が足りていない」と思っている証拠だろう。もっと力を抜いて、自分のペースを大事にしたいのに、気づけばまた何かに追われている。この性格、なかなか変わりそうにない。