境界の沈黙

境界の沈黙

依頼人は土地家屋調査士だった

持ち込まれた境界線トラブル

ある雨の日、事務所のドアが軋む音とともに開き、くたびれたスーツを着た男が現れた。手にしていたのは古びた測量図と、少し湿った封筒。開口一番、「ちょっと、見ていただきたいものがありまして」と言うその声には、どこか切羽詰まったものが滲んでいた。

男の口は重かった

依頼内容は土地の境界に関するトラブルだった。隣地所有者と揉めており、過去に作成した測量図の解釈を巡って訴訟寸前だという。だがその男、土地家屋調査士でありながら、自らが関わったはずの図面について多くを語ろうとしなかった。

杭の行方と謎の測量図

図面にない杭があった

現地を確認すると、確かに図面と現況とに微妙なずれがあった。本来あるはずのない場所に杭が一本。しかも比較的新しい。なぜ誰もその存在に気づかなかったのか。疑問は深まるばかりだった。

昔の測量と今の主張

調査士の図面は平成初期のもので、今の法務局の資料とは整合性が取れていなかった。どうやら境界線の主張が今と昔とで変わっているらしい。しかし、その理由を調査士に尋ねても、彼は曖昧に笑うだけだった。

境界確定協議の違和感

隣地所有者の証言

隣地の老夫婦は「昔はあんな杭、なかった」ときっぱり言った。「あの先生が来て測ってた頃は、ちゃんと説明してくれたんだけどね」と続ける。どうも話が合わない。

不自然に揃った印鑑証明

調査士が提出した協議書には、隣地所有者の署名と印鑑が添えられていた。しかしその印影は、サトウさんが言うには「不自然なくらい揃ってる」とのことだった。「コピーを重ねたみたいですね。ね、シンドウ先生?」と。

法務局が指摘した矛盾

謄本と図面の微妙なズレ

法務局の担当者は、目を細めながら「この登記、境界が少しおかしいですね」と呟いた。登記簿上の面積と、図面上の面積に数平方メートルの差がある。普通なら誤差だが、この件では命取りになる可能性があった。

不動産登記法第14条の壁

境界の確定においては、調査士の意見も参考にはされるが、最終的には当事者同士の合意が必要だ。しかし、この調査士がその立場を利用して、合意を作為的に演出したのではという疑念が浮かぶ。

サトウさんの鋭いひとこと

「これ、土地家屋調査士の署名が抜けてます」

協議書に目を通していたサトウさんが突然、指で一箇所を指した。「これ、調査士の署名がありませんよ。形式上は依頼者として装ってるけど、技術者としての責任を避けてる構成です」。塩対応のその口調が、妙に冷たく響いた。

無言の調査士が意味するもの

再度問い詰めると、調査士はしばらく沈黙したまま、ただ目を伏せていた。その姿は、まるで過去の失敗を思い出すようでもあり、あるいは誰かを庇っているようでもあった。やれやれ、、、この沈黙こそが、すべての鍵か。

地積更正登記の裏にある動機

面積の差と評価額

ズレた数平方メートルは、固定資産税にも、相続税にも直結する。調査士は、亡くなった地主に頼まれて、口約束で境界を調整した過去があるという。つまり、法的には無効でも、道義的には従っただけだった。

相続税対策か、それとも別の理由か

さらに調べると、その地主の娘が最近土地を売却していた。しかも高値で。それはもしかすると、不正に得られた面積を前提にしたものだったのかもしれない。

司法書士の出番がやってきた

古い図面の証拠能力

シンドウは、30年前の筆界確認書と地元の町内会長の署名が残る記録を引っ張り出してきた。まるでコナンの阿笠博士ばりの「こんなこともあろうかと」状態で、思わず自分でも驚いた。

現況測量と地番の不一致

さらに、地番の変遷と合筆履歴を照らし合わせたところ、地積更正の痕跡が浮かび上がった。どうやら、調査士はそれを意図的に隠していた可能性が高い。

司法書士と調査士の静かな対決

「やれやれ、、、俺が動くしかないか」

再度調査士を呼び出し、サトウさんと三人で対面した。「これ、あなたの署名がないのは、誰の指示ですか?」と問い詰めると、男は俯きながら「……私の判断です」と答えた。やれやれ、、、司法書士って、ほんと何でも屋だな。

境界確認書と真実の印影

最後の決定打は、町内会の印鑑証明。それと照合すると、調査士の提出した協議書にある印影は偽物だった。つまり、全ては最初から仕組まれていた。理由はただ一つ、自分の過ちを正す勇気がなかったというだけだった。

明かされる沈黙の理由

30年前の境界立会いの記録

その記録には、若き日の調査士が「杭はこの位置で合意」と記していた。だがその後、地主から「もう少し広くして」と頼まれ、口約束で杭を動かしてしまったという。正義と生活の狭間で、彼は長く沈黙を選んだのだ。

恩義と罪悪感

地主には世話になっていた。若い頃の開業資金も援助してもらったという。その恩に報いるつもりで、不正を見逃した。それがすべての始まりだった。

結末と新たな境界

登記は正され、声なき者は去る

調査士は自ら訂正申請を行い、後日業界から引退した。真実は明らかになったが、誰も彼を責めようとはしなかった。ただ、サトウさんだけが「業界が古いままだからこうなるんですよ」と一言だけ言った。

境界が示すのは土地ではなく人の信念だった

杭は土地を分けるが、人の信頼もまた境界にかかっている。今回の件でシンドウは、それをあらためて痛感した。境界とは、物理的な線ではなく、人の心に刻まれる線なのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓