転居届が奪った子
朝、事務所のファックスが唸る音で目が覚めた。見慣れた送信元は、近隣の不動産会社。だが添付されていたのは、違和感だらけの住所変更依頼書だった。「やれやれ、、、また変な案件か」とつぶやきつつ、コーヒーを淹れに行く間に、サトウさんの冷たい視線を背に感じた。
引っ越し通知がもたらした違和感
その依頼書には、三日前に転居したという旨が書かれていたが、提出された登記識別情報が古すぎた。加えて、住所が実在するにも関わらず、地元の地図には載っていない。こういう時は、大抵ろくなことにならない。こちとら元野球部だが、こういうカーブは苦手だ。
突然届いた登記の依頼
提出元は父親を名乗る男性。子どもと一緒に引っ越したというが、住民票の履歴には子どもの名前がなかった。法務局に申請書を提出する前に、サトウさんがぽつりとつぶやいた。「子ども、ほんとに一緒に引っ越したんですか?」その一言で、物語は動き出した。
サトウさんの冷静な指摘
一見ただの雑談にも聞こえるその言葉の裏には、確かな観察力があった。彼女は住民票の移動履歴と、転校届けの提出先を照らし合わせていたのだ。「登記に添付されている住民票の写し、子どもの欄がないんですよ」そう言って突き出された一枚に、私も目を見開いた。
住所変更登記に隠された罠
このケース、かつて見たことがある。悪質な親権争いで、一方の親が子どもを無断で連れ去るために、先に住所だけを操作する手口だ。書類上は合法に見えるが、現実では誘拐に等しい。司法書士がそれに加担するなんて、まるで怪盗キッドが公文書を使うような話だ。
登記簿の中の知らない名前
調べを進めると、その住所には過去にも複数の住所変更登記が行われており、そのたびに同じ子どもの名前が使われていた。つまり、誰かが子どもを「物」として使っていたのだ。まるで、サザエさんのタラちゃんが別の家で違う名字になってるような、そんなおかしな感覚だ。
消えた親子と空白の三日間
学校に問い合わせると、三日前に母親が転校の手続きに来ていたという。だが、子どもは登校していない。引っ越し先の住居にも人気はなく、電話もつながらない。まるで空間ごと消えたかのような行方不明劇に、私の頭の中はゴチャゴチャになっていた。
小学校からの一本の電話
その日の午後、事務所の電話が鳴った。「子どもの声が留守電に入ってました。怖いって言ってました」それは担任の先生からの連絡だった。録音を聞かせてもらうと、確かに怯えた声で「おかあさんがどこかへ行っちゃった」と呟いていた。やれやれ、、、事態は想像以上にまずい。
サザエさん一家と不自然な家族関係
記録を改めて見直すと、母親の住民票には実家の住所が記載されていたが、そこに父親の名前がなかった。つまり、彼らはそもそも「家族」ではなかったのだ。サザエさんの磯野家に、突然アナゴさんが住んでたら不気味だろう?まさにそんな話だった。
やれやれ案件に隠された執念
結局、住所変更は誘拐を隠すための偽装だった。子どもを連れ去ったのは母親の恋人。彼はかつて別の地域でも同様のことをしており、全国に指名手配が出ていた。こんな形で登記が使われるとは、、、やれやれ、司法書士ってのも命懸けだ。
元野球部の記憶が導いた一手
私は昔、キャッチャーだった。相手の癖を読むのが得意だった。電話で聞いた声、わずかな間、言葉のリズム。それがどこかで聞いたことのある感じがして、思い出したのだ。依頼人の声とまったく同じだった。つまり「父親」を名乗る男は、母親の恋人だったのだ。
子どもの証言と転送届の謎
その後、警察と連携し、郵便局の転送届を調べた。そこには母親の筆跡ではない「第三者による代筆」があった。子どもは無事保護され、保護者は改めて家庭裁判所の判断を待つことになった。サトウさんが「予想通りでしたね」と鼻で笑ったとき、私は負けを認めた。
公証役場の記録が語る真実
最後の決め手は、公証役場で作られていた一通の委任状だった。それには母親の署名があるように見せかけていたが、筆跡鑑定で別人のものと判明。事件は、登記書類によって暴かれたのだった。まさに書類が語る真実。探偵も警察も出てこない、地味だけど確かな解決だった。
犯人の動機と過去の事件
男は過去に実子との面会権を争っていたが敗訴し、その憎しみを他人の子どもに向けていた。愛情という名の執着が、狂気に変わったのだ。こういう人間が一番怖い。法律は万能じゃないが、少なくとも暴走を止めるブレーキにはなれる。
サトウさんの一撃とシンドウの失敗
「こんなことになるなら、最初の段階で断ればよかったですね」サトウさんはそう言い放ち、事務所の書類棚を整え始めた。私は黙ってコーヒーを淹れ直した。結局、私はうっかり登記を進めそうになった。最後に活躍したのは、、、やっぱり彼女だった。
誘拐劇の終幕と新たな始まり
子どもは元の学校に戻り、母親は保護観察処分となった。事件は終わったように見えるが、また似たような依頼はきっと来る。そういう時に、ちゃんと止められるようにしておかねばならない。司法書士というのは、想像以上に人の運命に関わる職業なのだ。
今日もまた塩対応
「もうすぐ補正期限の書類、出してないですよね」
サトウさんの声が飛んできた。やれやれ、、、また怒られる。でもまあ、それでいいのかもしれない。誰かが間違いを止めてくれるなら、私はうっかりしてても、まだこの仕事を続けていけそうだ。