登記が終わらない理由

登記が終わらない理由

登記申請から始まった違和感

「補正です」と言われることに、もう慣れてはいた。だが今回は、何かが違った。添付書類も間違っていないし、登記原因証明情報も司法書士仲間が泣いて喜ぶレベルで完璧に整っていた。

それでも法務局からは「内容が不十分」と返される。理由を問い合わせても、具体的な説明は一切ない。まるで何かを隠しているかのように。

まさか、と思いつつも、システム障害かと疑ってしまうレベルだった。

届かない登記識別情報

さらに奇妙だったのは、仮に補正しても登記識別情報が一向に届かないことだ。発送日になってもシステムに記録が出ない。法務局職員も首を傾げるばかりだった。

「電子交付にチェック入れましたよね?」と聞かれたが、当然だ。そんな初歩的なミスをするようなら、私はもう司法書士を廃業している。

それでも識別情報は、どこにもなかった。

妙に強気な依頼人の言葉

依頼人は中年の男性だったが、やたらと自信満々だった。「この登記はすぐ終わりますよ」と初対面で言ってのけた。

その言葉を思い出すたび、逆に何かあるとしか思えなかった。すぐ終わる登記なんて、サザエさんの放送が年末特番に変わるくらい珍しいのだ。

私の経験上、こういう人に限って後から爆弾を抱えてくる。

サトウさんの静かな違和感

「依頼人の住所、どこか引っかかります」

サトウさんがぽつりとそう言った。申請書の控えを見つめる彼女の目は鋭かった。

その住所、私は何の違和感もなかったが、言われてみればどこかで見た気がする。というより、先月の登記と何か重なっている気がした。

管轄法務局に響く一つの疑問

結局私は車を飛ばして法務局へ向かった。メールでは埒があかない。昔からアナログな方法が、時に一番の近道になる。

受付で事情を話し、数分待たされてから出てきたのは、見慣れぬ職員だった。前回の担当とは違う人物で、しかも妙に無表情だ。

「その案件、私が今引き継いでおりますので」と彼は言った。それが、事態の核心に近づく第一歩だった。

何度も戻される添付書類

添付書類は完璧だったはず。だが、その職員は「ここの印影が薄いように見える」と言った。

まるでアニメの怪盗キャラが、犯行声明を送る時に細工を仕掛けるかのように、言いがかりに近い指摘だった。

私は「やれやれ、、、」と内心で呟いた。こういう茶番に付き合うのも、司法書士の仕事のうちだ。

登記申請書に潜むもう一つの名前

帰所して再度申請書を確認する。すると、登記義務者の欄に、依頼人が署名した上に、うっすらと別の名前がかすれて見える。

「これ、二重に印字されてますね」とサトウさん。まさか、依頼人が過去の登記で別名を使っていた? いや、そもそもそれは合法なのか?

事態は急に、ただの補正案件から、意図的な偽装の匂いがしてきた。

実は共有名義だった土地

調査の結果、その土地はかつて夫婦で共有していたものだった。離婚後、元妻の所在が不明になっていたが、申請書には彼女の承諾がない。

これは完全にアウトだ。虚偽の登記、いや、登記妨害の線すら見えてきた。

「これ、補正じゃ済まないやつですね」とサトウさん。完全に目が覚めた私も、さすがに同意せざるを得なかった。

サトウさんの独自調査が動き出す

サトウさんは司法書士ではない。だが、彼女の調査能力は、探偵漫画の主人公並みに鋭い。

「元奥さん、多分ここにいると思います」彼女が差し出した住所は、申請書にあった住所の隣町だった。

私は元野球部のフットワークで、すぐに車を走らせた。

旧所有者に届いた怪しい郵便

ポストに入っていたのは、「権利放棄に関する同意書」と書かれた謎の封筒。送り主は司法書士ではなかった。

素人がこんな書類を用意できるわけがない。つまり、依頼人がどこかで手引きを受けていた可能性が高い。

元奥さんは恐怖を感じていた。「署名しないでよかったです」と言った。

すべてが繋がった瞬間

全ての証拠を持って、再度法務局に出向いた。さすがに担当者も渋い顔をしていた。

「申請の一部に不備があったようです」とだけ言ったが、それ以上は何も語らない。

私は黙って、再度、補正ではなく却下の申出書を提出した。

不動産を巡る小さな騙し合い

依頼人は知らぬ存ぜぬを通したが、こっちには記録と証拠がある。法的措置も辞さないと伝えると、ようやく彼は態度を変えた。

「彼女の同意が必要なら、取りに行きますよ」

いや、最初からそうしなさいって話だ。

サトウさんの一喝で幕を閉じる

「あなた、登記をなめないでください」

冷静な声で言い放ったサトウさんに、私もつい「おお…」と唸ってしまった。

依頼人は無言で頭を下げ、静かに事務所を後にした。

元野球部司法書士の決め球

こういう時こそ、最後の処理をきっちり決めるのが私の仕事だ。申請の取り下げ、報告書の整理、そして登記官への連絡。

変化球は投げられなくても、直球で勝負はできる。元野球部の面目躍如だ。

やれやれ、、、ようやくひと段落か。

登記は完了したのか

結果的に登記は完了していない。だが、それが正しかったと思える案件だった。

虚偽の登記を止められたという意味では、今回の仕事はむしろ成功だった。

完了よりも、誠実さが大事。それが司法書士という仕事だ。

それでも残ったモヤモヤ

依頼人がまた別の司法書士に依頼していないか、それだけが気がかりだった。

現場では、法律よりも先に人間の倫理が問われる。今回もそれを痛感した。

登記って、ほんとに終わらないものだなあ。

そしていつもの午後へ

「次のお客さん、変な人です」

サトウさんが言う。私はコーヒーを片手に、力なく笑った。

次の事件が待っている。サザエさんの次回予告のように、妙に平和そうで波乱含みだ。

サトウさんの塩対応と缶コーヒー

「缶コーヒー買ってきておきました。いつものやつです」

ありがとう、と言おうとしたが、先に「礼は結構です」と言われた。

やれやれ、、、今度は誰が何を隠しているのか。今日もまた、一日が始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓