登記簿が導いた家族の嘘
窓の外では蝉が鳴いていた。クーラーの音と蝉の声が混ざり合い、暑さとだるさがじんわりと体にまとわりつく。そんななか、俺の机に置かれた書類の束の中に、やけに薄い依頼書が一通あった。見るからに古びた家屋の売却に関する相談だった。
古びた家屋の売却依頼
依頼人は50代後半の男性。父親が亡くなり、遺産分割協議が整ったので家を売却したいという。だが、会話の節々に妙な歯切れの悪さがあった。よくある兄弟間のいざこざかと思ったが、少し違和感があった。
遺産相続のはずが土地だけ
「家はありますが、土地しか登記されてません」そう依頼人は言った。建物の未登記は珍しくない。しかし、登記簿を見ると更におかしな点があった。相続人として記されているのは長男だけ。他の兄弟の署名もなければ、遺言書の記載も見当たらない。
遺言書の存在を否定する長男
念のため確認すると、長男は「遺言書なんてない」と言い切った。だが、父親は几帳面な人で、生前に公正証書遺言を残していてもおかしくない。市内の公証役場に問い合わせたところ、確かに存在していた。ただし、受遺者として記されていたのは「長女」だった。
争族の火種となった名義変更
話は泥沼化した。長女は十年前に家を出て音信不通、長男はその間に勝手に名義変更を進めていた。これは場合によっては相続登記の無効も視野に入る。依頼人の顔が青ざめた。「こんなつもりじゃなかった」と繰り返すばかりだった。
調査で見つけた過去の抵当権
過去の登記簿を洗い直していると、20年前に設定された抵当権が見つかった。すでに抹消されていたが、その債権者の住所が奇妙だった。依頼人の話では父親は他人に金を借りるような人ではないという。だが、それはどうやら間違いだったらしい。
戸籍に残された一人の名前
戸籍を取得して驚いた。依頼人の他にもう一人、知らない名前があった。「山田ユウコ」──長女ではない、さらに上の姉がいたことが判明した。長男もその存在を知らなかったらしい。「誰だよそれ…」と呟く彼に、サトウさんがぽつりと一言、「本当の家族じゃないんじゃないですか?」
行方不明の姉が遺した手紙
その姉、ユウコの行方を調べると、すでに他界していた。施設で亡くなっていた彼女の荷物の中に、一通の手紙があった。「お父さんへ」と書かれた封筒には、「生まれてきてごめんなさい」の文字が涙でにじんでいた。そこに記された土地の名前と登記が一致した。
家族写真に映る見知らぬ顔
依頼人の家で見せられた古いアルバムに、そのユウコと思しき少女の姿があった。ただの親戚の子と説明されていたその写真、よく見ると母親と瓜二つだった。つまり、彼女は「腹違いの姉」だったのだ。
サトウさんの冷静な一言
「このまま放っておくと、相続登記は不完全になりますよ。売却どころじゃありません」サトウさんが冷たく言い放った。依頼人は小さくうなずいた。「全部、知らなかったことにしたかったんです…」そのつぶやきが虚しく響いた。
登記簿の端に記された異変
念のため紙の原本を確認していたサトウさんが、不意に手を止めた。「シンドウさん、ここ、書き換えられてますね」確かに、ひとつだけ筆跡が明らかに違う。しかも修正テープではなく、昔ながらの“消しゴム”による消し跡だった。
最後の登記で証明された真実
最終的に、当時の司法書士が手続きに関与していたことがわかり、古い登記簿の写しから訂正された本来の受遺者名が復元された。それは「山田ユウコ」の名前だった。つまり、彼女こそが家を受け継ぐ者として選ばれていたのだ。
隠された養子縁組の痕跡
調査を続けると、ユウコは父親の戸籍に入っていなかったが、母親の再婚時に一度だけ戸籍に入っていた時期があった。つまり、養子縁組された後、故意に戸籍から外された可能性があった。彼女が消された理由は、嫉妬と差別だったのかもしれない。
家族とは何かと問うクライマックス
家とは何だろう。家族とは、名前が同じ人のことを指すのか。手紙の中の「ありがとう」がやけに重く響く。売却は中止となり、家はしばらくそのまま残すという判断になった。依頼人はぽつりと、「彼女の名前を刻んであげたい」と言った。
やれやれと言いながら事務所に戻るシンドウ
「やれやれ、、、」と口にしながら俺は事務所のドアをくぐった。サトウさんは何も言わず、いつものように黙ってファイルを差し出した。俺は黙ってそれを受け取り、椅子に腰を落とした。事件は解決したが、何とも言えない疲れが残っていた。