過去帳の影に潜む嘘

過去帳の影に潜む嘘

第一の訪問者

古びた戸籍謄本を手にした依頼人

その男は、午前十時きっかりにやってきた。手には古びた茶封筒を持っており、中から取り出したのは戸籍謄本と数枚の古い写真だった。額に深い皺を刻んだその顔には、何かを隠しているような影があった。

サトウさんの塩対応と冷静な観察

「戸籍に何か不備でも?」とサトウさんが冷たく言い放つ。依頼人はかすかに笑みを浮かべながら、「いえ、ちょっと気になることがありまして」と答えた。その応対に、俺は内心で“あ、これはまた面倒なパターンだ”と警戒した。

噛み合わない証言

父と名乗る男の不可解な説明

依頼人は「亡くなった父の戸籍を調べていたら、自分の名前が出てきた」と言った。それも、まるで後から挿し込まれたような違和感のある記載だった。生年月日も違う、母親の名前も違う。

元野球部の勘が告げる違和感

俺の脳裏には、かつての監督の声が蘇る。「お前は勘がいいから守備でも油断するな」と言われたあの時と同じ感覚だ。どうも、この依頼人の話には裏がある。きっと、ここに来た目的は別にある。

過去帳の調査開始

火曜サスペンスより地味な役所巡り

まるで火サスのエキストラのように、役所の待合で黙って順番を待つ。調査は地味で、根気がいる。だが、そこにこそ真実の端っこが落ちていることもあるのだ。俺たちは静かに調べを進めた。

名前と戸籍のミステリー

調べていくうちに、依頼人が名乗った「本名」と戸籍上の名前が、数年前に変更されていたことがわかった。理由は不明。だが、その時期に一件の不動産登記も動いていることを突き止めた。

地方に隠された秘密

消された住民票と改名の履歴

旧住所の住民票が、なぜか完全に抹消されていた。こんなことがあるのかと、区役所の窓口でも担当者が驚くほどだった。つまり、意図的に“消された”可能性があるということだ。

役場職員の曖昧な記憶

「なんか、その名前、前にも来たような……」と、年配の職員が首をひねった。「でも書類は全部きれいに整ってて、ねぇ、サトウさん」サトウさんは「不自然に整いすぎてるんです」と即答した。

ある判子に導かれて

印鑑登録証明書が語る第二の嘘

一通の印鑑証明が、すべての流れを変えた。故人の印影と、依頼人が提出した印影が一致していたのだ。だがその印影は、登記申請された時点で既に亡くなっているはずの人のものだった。

サトウさんの推理が光る瞬間

「この印鑑、故人が亡くなった後に新規登録されたものです。登録者の身分証に偽造の疑いがあります」とサトウさんは断言した。まるでコナンが正体を明かす瞬間のようだった。

旧姓と遺産の接点

相続登記に潜む盲点

依頼人は、遺産目当てに“故人の息子”になろうとしたらしい。相続登記を通すためだけに改名し、住民票を消し、別人として生きていたのだ。だが、司法書士の前ではその策も通じない。

登記簿から見えた名前のズレ

遺産となった不動産の名義に、微妙な誤記があった。しかも、その誤記はわざと見逃された形跡がある。不動産登記簿を何十件と見てきた俺の目が、それを見逃すはずがない。

対峙と告白

依頼人の本当の目的

追い詰められた依頼人は、「金が欲しかったんじゃない、家が欲しかったんだ」と呟いた。その声は震えていたが、俺の心には届かなかった。動機がどうであれ、偽造は偽造だ。

遺産のための偽装家族

実際には血縁もない他人の家系に、自分の名前を滑り込ませていた。ルパンが変装するような鮮やかさはなかった。ただただ、哀れで姑息な偽装劇だった。

サトウさんの一手

錯誤登記の申立とその落とし穴

偽装に使われた登記は「錯誤による抹消申立」で無効とされた。だが、形式上は相続が成立した状態だったため、申立書の作成には慎重を極めた。「やれやれ、、、また細かい添付書類だらけだ」と俺は愚痴を漏らす。

「やれやれ、、、」と呟きながらの書類作成

俺は結局、3時間かけて書類を仕上げた。目がかすみ、肩はバキバキ。サトウさんは黙って湯を沸かしてくれた。たぶんそれが、彼女なりの労いだったのだろう。

事件の終わりと小さな勝利

真実は帳簿の中にあった

今回の事件もまた、派手さのない戦いだった。でも、戸籍や登記、証明書のひとつひとつが、嘘と真実の境目を照らしてくれた。俺たちの仕事は、決して探偵まがいの華やかなものじゃない。

元野球部の司法書士、久々のヒット

久々に“打てた”感覚があった。小さな勝利かもしれない。でもそれが、たまらなく嬉しいのだ。スコアは地味でも、俺にとっては完封勝利だ。

エピローグ

サトウさんの無言の称賛

帰り際、サトウさんが一言だけ「おつかれさまでした」と言った。珍しく、笑みすら見せた気がした。その瞬間、少しだけ報われた気がした。

今日も平常業務、だが少しだけ世界が正された気がする

外は曇り空。俺たちの世界は相変わらず地味で複雑だ。でも、ほんの少しだけ、世の中が正しい方向に動いた気がした。さて、次の登記はなんだったっけな。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓