日々、誰にも気づかれずに働いているような気がしていた
司法書士という職業は、表舞台に立つことはほとんどありません。登記や書類の処理、クライアントとの対応、裁判所や法務局への手続きなど、ひたすら地味な作業の繰り返しです。誰かの人生を陰から支えているという自負はあるものの、それが誰かに伝わるわけでもなく、ひとり黙々とこなす日々の中で、ふと「自分って必要とされてるんだろうか」と思ってしまうことがあります。田舎の事務所に一人、夜遅くまで明かりをつけて働いていると、そんな感情に飲み込まれてしまうことがあるのです。
クライアントには感謝される。でも、それが心に響かない日もある
もちろん「ありがとうございました」「助かりました」という言葉をもらうこともあります。でも、どこかでそれが儀礼的に聞こえてしまう日もあるんです。「支払ったお金に対する当然の言葉なんじゃないか?」なんて斜に構えてしまって。そんなふうに素直に受け取れない自分に、また落ち込む。感謝の言葉さえも素直に受け止められなくなったら、何を支えに仕事を続ければいいのか、わからなくなるんですよ。
ありがとうの言葉が義務に聞こえてしまう瞬間
忙しさに追われ、感情の余白がなくなっていると、クライアントの「ありがとう」すら事務的に聞こえる。心が疲れ切っていると、優しさにすら疑いの目を向けてしまう。たとえばある登記手続きを完了させた日、クライアントが「大変でしたよね、本当にありがとうございます」と丁寧に言ってくれた。でもその瞬間、私は「この人は、私の何を知ってるんだ」と思ってしまった。そんな自分に、あとで猛烈に嫌気がさしました。
自分の存在価値がわからなくなる夜
「俺は誰の役に立ってるんだろう」そんなことを考えながら、冷めたカップラーメンをすする夜もあるんです。世の中に必要とされていないような気がして、ただ生きてるだけのような感覚に襲われる。そんな夜は、どんなに酒を飲んでも眠れない。心のどこかで、「もう誰かに、気にかけてほしい」と思っている自分がいるのに、それを口にする勇気もない。45歳独身、地方の司法書士、愚痴をこぼす相手もいない。そんな夜が、実はけっこうあるんです。
そんな時に届いた、たった一行のLINE
そんな負の感情が積もっていたある日、夜11時過ぎにスマホが鳴りました。学生時代の友人からのLINE。「元気ですか?」それだけの短いメッセージ。言葉は本当にそれだけ。絵文字も、スタンプもない。ただそれだけ。でも私は、その瞬間、ぽろっと涙がこぼれてしまったんです。
「元気ですか?」の文字を見た瞬間、なぜか涙が出た
理由なんて説明できません。理屈じゃなく、心が反応した。誰かが私を思い出して、連絡をくれた。忙しい毎日の中、たった一人の存在を思い浮かべて「元気かな」と気にしてくれた。その事実だけで、胸の奥がじんわり温かくなって、気づいたら泣いてました。言葉って、こんなに人を救うんですね。
誰かが自分を思い出してくれたことが嬉しかった
その友人は、特別親しいわけでもなく、数年に一度連絡を取る程度の関係です。それでも、「元気ですか?」と聞いてくれた。それだけで、「ああ、自分ってちゃんと誰かの記憶の中に存在してるんだな」と思えて。司法書士としてじゃなく、一人の人間として誰かに思い出してもらえたことが、何より嬉しかった。
優しさに飢えていた自分に気づいた
本音を言えば、「誰か、優しくしてくれ」とずっと思っていたのかもしれません。でも男だし、士業だし、そんなことを口にするわけにはいかない。誰かに頼るのが恥ずかしい。でもLINE一通が、そんな私の鎧をすっと外してしまった。優しさに飢えていたことを、思い知らされました。
司法書士は孤独な仕事?
そう聞かれたら、私は「はい」と答えるでしょう。人と接することは多いです。でも“本音”で向き合う相手は、ほとんどいません。書類の中に感情はなく、登記簿には涙が載らない。そんな仕事です。
職責は重いが、心の支えが少ない
どんなにミスができない責任ある仕事でも、その重さを誰かと分け合うことはできません。孤独を感じても、それは“当たり前”として処理される。だからこそ、「元気ですか?」の一言が、いつも以上に沁みたのかもしれません。
相談はされるが、自分の悩みは言えない
みんな、私には相談してくるけど、私の話を聞いてくれる人はいない。話したくても、話す場所がない。愚痴を言える仲間が近くにいない。それが地方で一人事務所をやっている司法書士のリアルです。
誰にも頼れないプロとしてのプレッシャー
「先生なんだから」と言われることは多い。でも、私はスーパーでも迷うし、冷蔵庫の卵の賞味期限もよく切らす普通の人間です。頼られることと、頼れないこと。そのギャップが、時に心をすり減らしていきます。
それでもこの仕事を辞めない理由
じゃあ辞めれば?と聞かれたら、私は「それは違う」と答えます。辞めたいと思うことはあるけれど、辞めたくないとも思っている。不思議な矛盾ですが、それが私の本音です。
目の前の依頼人に応えることだけが支え
誰かのトラブルを解決したとき、安堵の顔を見ると、自分の存在が少しだけ肯定される気がするんです。だからこそ、この仕事を続けられるのかもしれません。
「助かりました」の一言が、唯一の救い
感情が届かない日もあるけど、「助かりました」の一言が刺さる日は、確かにある。その言葉を受け取れた日は、ほんの少しだけ自分を認めてやれるんです。
誇りを持てる瞬間が、ほんの少しあるから
毎日が辛いけれど、この仕事をしてきてよかったと思える瞬間がある。それが年に数回でも、ある限りは、この道を歩いていこうと思っています。
誰かに「元気?」って聞いてみようと思えた夜
あの日もらったLINEに、私は「ありがとう」とだけ返しました。それだけ。でも、こんどは自分が誰かに同じ言葉を贈ってみようと思ったんです。何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。でも、それで救われる誰かがいるかもしれない。
自分がされたことで、誰かを救えることもある
司法書士としてではなく、人として誰かを思いやる。その気持ちを忘れたら、人の人生に関わる資格なんて、持つ意味がなくなってしまう。そう思った夜でした。
忙しさの中でも、ひとこと送る余裕を持ちたい
毎日が忙しい。でも「忙しいから」だけじゃ、心は潤わない。LINEひとつ打つ時間くらいなら、絶対にある。その優しさを持ち続けたいと、そう思いました。
その一言で、自分も少し救われる気がする
結局、優しさは巡ってくるんですよね。誰かを気遣った一言が、いつか自分に返ってくる。そう信じて、今日も一人、事務所の明かりを灯しています。