この業界に恋愛相談所はないのか? ― 孤独を抱えて生きる司法書士の日常

この業界に恋愛相談所はないのか? ― 孤独を抱えて生きる司法書士の日常

恋愛の話をできる場所が、どこにもない

気づけば、恋愛の「れ」の字すら出てこない生活が何年も続いている。仕事仲間との会話は、登記、法務局、クライアント対応、あとは愚痴と疲労の共有ばかり。地方の司法書士という仕事は、どうも「色気」の入り込む隙がない。たとえ誰かに恋心を抱いても、それを相談する相手がいない。いや、そもそもそういう話をしてもいい雰囲気すら、この業界にはないのではと感じている。恋愛って、もっと日常の一部であってもいいと思うのに、この仕事をしているとまるで“場違いなもの”として扱われているような気がする。

司法書士って、そんなに“恋愛禁止”な雰囲気なの?

もちろん誰かが明確に「恋愛は禁止」と言ったわけじゃない。でも、不思議とこの業界には“空気”がある。真面目さを求められる職業ゆえか、ちょっと軽い話題を振るだけでも浮いてしまう。司法書士の集まりで「最近、誰かに恋してますか?」なんて聞いたら、たぶんその場の空気が凍る。それぐらい、恋愛の話が出てこない。仕事の悩みなら共有できるのに、なぜか恋の話になると一気に壁ができるのだ。

ふと気づいたら「色恋沙汰」から遠ざかっていた

ある日、雑誌の恋愛相談コーナーをふと読んで、自分が恋愛という感情そのものをどこかに置いてきてしまっていることに気づいた。昔はドキドキする気持ちもあった。LINEの返信を待って、胸を躍らせたこともあった。でも今はどうだ。朝から晩まで仕事に追われ、誰かに心を開く余裕すらない。そして気づけば、誰かに恋していた頃の記憶も、遠い話になってしまった。

同業との距離、異性との距離、そして自分自身との距離

恋愛から遠ざかっているのは、単に出会いがないからではない。同業者との関係は、どこか緊張感があってフランクに話せない。異性との接点も極端に少なく、仮に話す機会があっても“士業っぽく”構えてしまう自分がいる。そして何より、自分自身に正直になることが怖くなってきている。弱さや寂しさを認めたら、崩れてしまいそうだから。

毎日が「登記」か「電話」か「締切」だけで終わる

朝起きてメールチェック、法務局に出す書類の確認、急ぎの登記、電話での対応、そして次から次へとやってくる新しい依頼。時間に追われる生活に「恋愛」という項目が入る余地なんて、あるはずもない。夜になるとぐったりで、食事すらコンビニで済ませ、風呂に入り、寝落ちる。そんな生活が続くうちに、恋をする余裕も、誰かを思い出す感情も、少しずつ鈍くなっていった。

日常に入り込むスキは、恋愛にとってゼロ

この生活には「遊び」がない。仕事、仕事、また仕事。その合間に誰かと関係を築くには、体力も精神力も足りない。ときどきSNSで見かける「結婚しました」の投稿が、まるで別世界の話のように感じる。恋愛は贅沢品で、今の自分にはとても扱えない、そんな気持ちになる。

「そろそろいい人いないの?」と聞かれる虚しさ

親や親戚、時には同業者にまで「そろそろいい人いないの?」と聞かれることがある。そのたびに苦笑いでやり過ごす。紹介されても、どうにもピンと来ない。いや、それ以前に「この生活スタイルで誰かと一緒に暮らせるのか?」という自問が先に来てしまう。恋愛ができないというより、恋愛を“受け入れる準備”ができていないのだと思う。

誰にも聞けない。誰にも話せない

「実は好きな人がいるんだよね」とか、「最近うまくいってないんだよな」みたいな話がしたい。でも、それを誰に言えばいいのか分からない。事務員さんには言えないし、仕事仲間にはもっと無理。親しい友人も疎遠になり、気軽に相談できる相手が年々減っていく。この孤独こそが、恋愛できない一番の原因かもしれない。

事務員には話せない。家族も遠い。友人もいない

「職場の人に恋愛相談はしない方がいい」とはよく言うが、それ以前に、事務員との関係性は「業務」のみで構築されている。余計なことは言えないし、聞かれたくもない。家族とも距離ができていて、友人も結婚や子育てで忙しそうだ。ふと話したくなる瞬間に限って、誰にも繋がらない。そんな時の孤独感は、ちょっとしたダメージになる。

「気軽な相談」ができる相手がいないという現実

世の中には「恋バナ」ができる場所があふれているようで、実は限られている。特に、ある程度の年齢になり、社会的に「ちゃんとしている」ように見られると、愚痴や弱音も「みっともない」と見なされてしまう。結果、自分の本音を吐き出す場所がどこにもないまま、心が少しずつ塞がっていく。

匿名の掲示板で吐き出す夜

誰にも言えなくて、仕方なくネットの掲示板に「恋愛 相談 40代男性 独身」で検索してみたりする。そこには似たような境遇の人たちの書き込みがあり、少しだけ心が落ち着く。けれど、やはり本当は、誰かの声が欲しい。名前も顔も知っている誰かと、しんみりでもいいから話したい。そんな当たり前の願いすら、今はどこにも叶う場がない。

この業界、どうしてこんなに“真面目すぎる”のか

司法書士という職業は、誠実さや信頼がすべてだとよく言われる。その通りだと思う。でもそれがいつの間にか「弱音すら吐けない」「恋愛を語るのは軽薄」といった無言の同調圧力に変わってしまっている気がしてならない。士業であっても、一人の人間だ。けれど、それを表に出せないのがこの業界の“生きづらさ”でもある。

弱さを吐くと“信頼を失う”という無言の圧力

「疲れた」「寂しい」「誰かに頼りたい」。そういった言葉を吐いた瞬間、周囲から“弱い人”だと思われてしまうんじゃないか。そんな恐れが、常にまとわりついている。本当はそんな自分を見せても受け入れてくれる人はいるのかもしれない。でも、信頼という重たい看板を背負っている以上、それを下ろすのが怖い。

「恋愛?今は仕事が大事なんで」って、いつまで言うの?

言い訳みたいに「今は仕事が忙しいから」とか、「タイミングが合わない」とか言ってるけれど、本当は恋愛に踏み出す勇気が出せないだけかもしれない。このままだと、どんどん“恋を知らない人間”になっていく。それが一番怖い。でも、この業界で生きていく限り、それすらも受け入れてしまいそうになる自分がいる。

司法書士にも、恋バナくらいさせてくれ

書類の完璧さや正確さだけじゃなく、人としての感情も、もっと大切にしていいと思う。恋愛に悩む司法書士がいてもいいし、それを語る場所があってもいい。共感する言葉ひとつで救われる夜もある。そんな場を、少しずつでも作っていけたらと願っている。

相談所はなくても、共感はここにある

恋愛相談所なんて仰々しいものじゃなくていい。ただ、同じように悩んでいる人がいると知るだけで、少しだけ気持ちは軽くなる。誰かの一言に励まされたり、逆に誰かを励ましたり、そんな繋がりがあれば、また前を向ける日もくるはずだ。

独身男性司法書士が見つけた“話せる場”の必要性

こんな記事を書いているのも、誰かに「そうだよね」と言ってもらいたいからかもしれない。たとえ職業が堅くても、人間らしさまで封じる必要はない。ひとりの中年男が、ただの愚痴混じりに言う「恋バナ」、それでも誰かの心に響いたら、それが相談所の代わりになるんじゃないだろうか。

仕事の悩みも、恋の悩みも、一緒に吐き出せる場所を

士業であろうと、肩書きの前に人間である以上、悩むこと、誰かに話したくなることは当然ある。恋の話なんて笑われるかもしれない。でも、それでもいい。笑ってくれてもいいから、話を聞いてくれる誰かがほしい。そんな場所が、この業界にももっとあればいいのにと、今日もひとりで思っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓