一枚の書類がもたらす破滅への入り口
司法書士という仕事は、表向きは「法律の専門家」なんて言われますが、実態は「ミスが許されない事務屋」です。特に不動産登記の現場では、一枚の書類の記載ミスや提出漏れが大問題に発展します。事務所を立ち上げて十数年、さまざまなミスを見てきましたが、ある一通のFAXで地獄の扉が開いたことがありました。それが、私の人生をぐらつかせた一枚の始まりでした。
あの日の一通のFAXが全てを変えた
朝一番、いつものようにFAXを確認していたとき、金融機関からの書類の訂正依頼が届いていました。「登記原因証明情報に不備があります。至急訂正の上、再送を」とだけ。顔面がサッと青くなるのが自分でもわかりました。確認すると、確かに添付すべき書類が一つ、抜けていた。あの日の依頼人は神経質な方で、事前に「絶対に遅れるな」と何度も念を押されていました。それなのに、こちらのミスで遅延。謝罪の電話の途中からは、震える声で怒鳴られ、全身が冷えました。
「確認したはず」では通用しない現実
人間、誰しも「確認したつもり」で動いています。問題は、それが「確認になっていない」ことに、後からしか気づけないことです。今回の件も、私も事務員も確認したつもりでした。けれど実際は、書類を綴じる順番を間違えたことで、肝心の添付書類がFAXに映らず、先方のチェックにも引っかからなかった。ダブルチェックどころか、どちらも見逃していたという事実に、ひどく落胆しました。
事務員の確認ミスか自分の見落としか
「どっちの責任か?」と聞かれれば、最終的には私です。でも、やはり人間ですから、「なんで気づいてくれなかったんだよ…」と事務員に心の中で呟いてしまう。その一方で、「いや、あの日は疲れていたし、俺も流してた」と自省もする。こうした思考のループに陥りながら、その日の昼食は喉を通らず、無言で机に向かっていました。
責任はどこへ向かうのか
士業において、「結果責任」はとても重くのしかかります。依頼者は書類の中身をほとんど理解していません。だからこそ、万が一何かあれば、怒りの矛先は私に向かってきます。たとえそれが他人のミスであっても、「司法書士の責任でしょ?」で終わってしまうのがこの世界の現実です。
お客さんの怒りの矛先は当然こちら
登記が遅れたことで契約が延期され、不動産会社からの信頼もガタ落ち。「あんたのとこに頼まなければよかった」とまで言われたとき、ぐっと言葉を飲み込みました。依頼人からすれば正当な怒りです。ただ、こちらからしてみれば、日々ギリギリの中で回しているのも事実。正直、心の中では「こっちだって人間なんだ」と叫びたくなります。
「それくらい」の油断が致命傷になる
一文字の記載ミス、印鑑のズレ、日付の不一致──こうした「それくらい」で済ませてしまいそうなことが、業務全体を狂わせます。特に金融機関が絡む取引では、書類不備によって決済が延期されると、相手方全員に迷惑がかかる。信頼だけでなく、賠償や追加手数料など金銭の話にもつながる。「一文字で地獄を見る」──冗談のようですが、笑えない現実です。
説明しても通じない理不尽さに飲まれる
どれだけ経緯を丁寧に説明しても、相手が聞く耳を持たなければ無意味です。謝っても謝っても「誠意が感じられない」と返されると、自分がどれだけ無力か痛感します。その日は家に帰っても布団に潜りながら、「もう辞めたいな」とつぶやいてしまいました。何もかもが嫌になった瞬間でした。
誰にも言えない後悔が心を蝕む
ミスをしても、誰かに話せる環境があればまだ救いがあります。でも、この仕事は基本的に一人。特に私は独身で話し相手もおらず、仕事の話をできる友人も少ない。心にたまった後悔や自責は、夜になると急に大きくなってきます。
寝る前に思い出して胃が痛くなる
「あれでよかったんだろうか…」という思いは、夜、布団に入ってからやってきます。目を閉じれば、その日の電話やFAXがフラッシュバックのように蘇り、急に胃がギューッと締めつけられるような感覚になることもあります。眠れない夜が増えていくたびに、「これがずっと続くのか…」と気が遠くなります。
真面目にやってるのに救われない夜
手を抜いてるわけじゃない。むしろ、できる限り丁寧に、誠実に仕事をしている。それでも評価されず、むしろ怒鳴られ、責められる。何のためにこんな思いをして働いてるんだろう…と自問することもあります。たまにふと、「他の人生もあったかもしれないな」と思う夜もあります。
たった一つの不備が信頼を壊す
たった一つの書類の不備。それだけで、何年もかけて築いた信頼が一瞬で崩れます。修復しようにも時間がかかるし、完全に戻ることはない。その重みを背負いながら仕事を続けるのは、想像以上にしんどい。けれど、それがこの仕事なのだと思い知らされます。
独立開業の覚悟と現実のギャップ
私は元野球部で、根性だけはある方でした。だから独立開業も「なんとかなるだろ」と思って始めました。でも、現実はそんなに甘くありませんでした。技術や誠実さだけでは食っていけない。周囲の期待や責任の重さに押しつぶされそうになりながら、今日も机に向かっています。
野球部出身の根性では乗り切れない
泥だらけになって白球を追っていたあの頃の根性は、社会では思ったほど通用しませんでした。むしろ、根性に頼って無理をしすぎて、体調を崩したり、人に頼れなくなったりと悪循環に陥ったこともあります。踏ん張るだけでは解決できないのが、大人の世界だと身をもって知りました。
地方だからこそ逃げ場がない
都会なら仕事に失敗しても、次の仕事、別の事務所、選択肢があるでしょう。でも地方は狭い。評判も一瞬で広まります。一つのミスが「噂」になり、それが仕事を遠ざけていく。逃げ場がない中で生きていくのは、予想以上に神経をすり減らします。
誰にも頼れない孤独な決断
事務員を一人雇っていますが、正直、すべてを任せられるわけではありません。結局のところ、「最後は自分」が身に染みています。だからこそ、頼れない、甘えられない、そして孤独になる。そんな毎日です。
事務員に任せきれない現場の恐怖
事務員も一生懸命やってくれています。でも、この業界特有の細かい判断や文言の正確さまでは、完全に理解できないのが現実です。「これくらいで大丈夫ですよね?」と聞かれても、「いや、それが怖いんだよ」と心の中でつぶやく日々。任せるには任せられない、この中途半端な関係が悩みの種です。
「自分がやったほうが早い」が限界を呼ぶ
「もう自分でやったほうが早い」と思ってすべて抱え込んでしまうと、どこかで限界が来ます。わかっていても、性格上、人に任せてミスされるのが怖い。結果として、夜遅くまで残業し、疲れ果てて家に帰る毎日。それでも、「自分でやらないと」という思いはなかなか捨てきれません。
人に甘えられない性格が裏目に出る
「もっと頼ったら?」と友人に言われたことがあります。でも、昔からの性格で、人に迷惑をかけたくない、甘えたくないという思いが強くて、それが結果的に自分を追い詰めているんだろうなと思います。優しさと責任感が強すぎると、時に自分を壊します。
少しの余裕がトラブルを防ぐ鍵
余裕があれば防げたミスはたくさんあります。でも、現実はいつもギリギリ。予定通りにいかない案件、急な依頼、体調不良、役所のトラブル。どれかひとつでも噛み合わないと、すぐにパンクしてしまう。だからこそ、少しの余裕があれば…といつも思います。
それでも休めない現実との戦い
「今日は休もう」と思った矢先に、急ぎの電話が鳴る。そんなことが何度もありました。休むと、次の日のタスクが倍増するから結局休めない。体と心を壊さないように気をつけているつもりでも、知らぬ間に限界はすぐそこにあります。
休日に限ってトラブルが起きる不思議
なぜか、ゆっくりしようと思った日ほど、トラブルが起きる。登記の手配ミス、連絡不足、書類の取り違え。休みにしていたはずの土曜日が、気づけば一日中対応に追われている。休んでも休めない、そんな休日が続くと、心から笑うことが減っていきます。
「誰か代わってくれ」と思った日曜日
日曜日の朝、コーヒーを入れながら「今日はゆっくり野球中継でも見るか」と思った矢先に、スマホに不在着信。内容は「書類に不備があって役所が受け付けてくれない」とのこと。「またか…」と独り言をつぶやき、着替えて事務所へ向かう。車の中で、「もう誰か、代わってくれよ」と本気で思った日でした。