シャチハタを枕にして寝たい夜がある
司法書士という職業とシャチハタの不思議な絆
毎日握りしめる道具には魂が宿る
「先生、また机に突っ伏して寝てましたよ」
サトウさんの冷静な声で、朝イチの現実に引き戻された。机の下敷きになったのは、印影がかすれたシャチハタ。
「やれやれ、、、」と、つい口をついて出た。この印鑑は、もはや俺の分身だ。
朱肉の匂いにすら安心を覚える夜
「ああ、朱肉の匂いって、落ち着くな」
誰にともなく呟く。サザエさんで言えば、波平がハンコを探してイライラしてる回。あれ、まるで俺だ。
ひとりで抱え込む書類の山と静寂の夜
誰にも相談できない案件という名の孤独
依頼人の死後3日で、相続人の一人が失踪した。書類の提出期限は翌週月曜。警察も、家族も、黙して語らず。
夜中にそっと印鑑を押す手の震え
戸籍の繋がり。印鑑証明。まるで「金田一少年の事件簿」みたいな謎の連鎖。でも俺にできるのは、ただ書類を整えて、印を押すことだけ。
シャチハタは話を聞いてくれる
机の上の唯一の同僚
「どうするよ、シャチハタ」
声に出して言ってみる。返事なんか返ってこないけど、黙って見ていてくれる。
人間よりも裏切らない存在
誰かに任せたいと思う夜もある。でも俺の指の形に合うのは、このハンコだけだ。
サトウさんはこう言った
「先生 それ 本当に枕にしてませんよね」
ある朝、ふと見上げたサトウさんが、笑いながら言った。
「先生、シャチハタのインク、枕に染みてますよ」
突然のツッコミに救われる日常
この人のこういうとこ、本当にありがたい。感情の波が沈殿していた胸の奥に、ちょっとだけ風が吹いた。
仕事と感情が混ざりあう瞬間
判を押すたび 心が少しずつ摩耗する
法律の世界は感情が邪魔になる。でも、誰かのために押すこの印は、たしかに“俺”という存在が刻まれている証だ。
気づけば枕元に置かれていた
就寝前。ポケットから出したシャチハタ。気づけば、枕の横に置いてあった。まるで安心毛布。
やれやれ とシャチハタに語りかける夜
サザエさんはまだ明るい
テレビから流れる、日曜夜6時半の軽快な音楽。みんなが笑ってる時間に、俺は一人、シャチハタと過ごしている。
でもこっちは電気代すら惜しんでる
電気スタンドだけ点けて、紙に囲まれて、ため息ばかりついてる。「やれやれ、、、」ともう一度。
印鑑の重さと孤独の重さ
たかがシャチハタ されどシャチハタ
この小さな筒の中に、どれだけの責任と信頼が詰まってるか。押すたびに、それを突きつけられる。
頼れるものが少ないときほど愛おしい
サトウさんがいなかったら、たぶん俺はこのハンコに話しかけ続けてたんだと思う。
司法書士である前に人間であるということ
書類の向こうにいる誰かを忘れたくない
書類は人の人生の断片。ミスをすれば、誰かの未来が歪む。
人としての感情をどこかに置いてきた気がする
でも、いつの間にかそれを感じる心が鈍くなっていた。シャチハタを見て、初めて気づく。俺はただの“作業員”にはなりたくない。
眠れぬ夜の先にある朝は少しだけ明るい
今日も印鑑は正確に働いてくれる
朝。サトウさんが差し出した一通の書類。「先生、これだけお願いします」
俺は何も言わず、シャチハタを押した。
シャチハタと一緒に朝を迎える
また一日が始まる。きっとまた疲れる。でも、「おはよう、シャチハタ」
今日はちょっとだけ、軽く言えた。