報酬の金額が言えなくて黙ってしまった夜

報酬の金額が言えなくて黙ってしまった夜

喉まで出かかった金額を飲み込んだ夜のこと

ある晩、報酬の説明をしなければならない依頼者と向き合っていた。こちらとしては事前に見積もっていた金額があった。十分に妥当な金額だ。いや、むしろ安いくらいだと自分では思っていた。けれど、いざその金額を伝えようとした瞬間、言葉が喉の奥で詰まった。伝えかけた「◯万円です」の「ま」あたりで声が出なくなり、無意識に話題をすり替えていた。沈黙が怖かったのか、それとも自信がなかったのか。その夜、鏡の前で「また言えなかったな」と小さくため息をついたのを覚えている。

言えば済むことがなぜこんなに重いのか

報酬の説明なんて、ただ数字を伝えれば済む話だと、頭ではわかっている。でも実際には簡単じゃない。特に相手が年配で、柔らかい物腰の人だったりすると、「そんなにかかるの?」という顔をされることが怖くなる。若い頃、先輩司法書士の補助者として横にいたとき、その先輩は堂々と「20万円です」と言っていた。それを見て、なんだか頼もしいと感じた反面、自分にあのトーンが出せるだろうかと不安になったことを思い出す。

相手の顔色ばかり見てしまう癖

私は昔から、相手の機嫌をうかがう癖がある。特に報酬の話になると、「あ、今このタイミングで言ったら嫌がられるかな」とか、「もう少し説明してからじゃないと納得してもらえないかも」などと考えすぎてしまう。気づけば、自分で勝手にハードルを上げて、言えなくなってしまう。これって、野球部時代の上下関係が染みついてるのかもしれない。監督の顔色ばかり見てプレーしていた自分と、いまの自分が妙に重なる。

いつの間にか染みついた安売りの習慣

相手に遠慮してしまう癖が高じて、「今回はこのくらいで大丈夫です」と自ら報酬を下げることもある。でもそれが習慣になると、自分の仕事の価値を自分で下げてしまっているような気分になる。悪循環だ。しかも、一度下げた金額が基準になると、次に同じ依頼を受けるときに元に戻せない。事務員の給料だって、事務所の家賃だって、全部こちらが背負っているのに。それを思うと、帰り道のコンビニで買うビールがいつもより苦い。

過去の失敗がブレーキをかけてくる

過去に一度、報酬の説明で相手にあからさまに嫌な顔をされたことがあった。「それ、そんなにかかるんですか?」と。その一言がずっと心に残っていて、それ以来、報酬の説明が苦手になった気がする。理屈じゃない。あのときの空気が、今でもふとよみがえる。そして「今回は慎重に行こう」となる。結局、それがまた言えなくなる原因になっているのだ。

値段を言った瞬間の沈黙が怖い

金額を言った瞬間、依頼者が黙り込むあの空白の時間。あれが本当に怖い。たった数秒の沈黙が、1分にも2分にも感じられる。その間に「あ、やっぱり高いと思ってるんだな」「もう断られるかな」と負の想像が頭をぐるぐる回る。だけど、それって全部自分の妄想なんだよなあと、後になって気づく。でもその場では、どうしても冷静でいられないのが現実だ。

お金の話になると急に言葉が詰まる

仕事の内容については、どれだけでもスラスラ説明できる。手続きの流れや必要書類、注意点なんて、毎日同じように話してるから問題ない。でも「報酬は…」となった瞬間、急に口が重くなる。声のトーンまで下がる。たぶん、自分自身がその金額に対して心から納得していないのかもしれない。

報酬の説明が一番苦手な時間

打ち合わせの最後に訪れる報酬の説明タイム。正直言って、この時間が一番緊張する。どんなに丁寧に説明しても、相手が「高い」と感じたら終わり。いや、実際にはそう簡単に終わりにならないけど、そう感じてしまう。だからといって、無料相談のようにサービスするわけにもいかない。司法書士の仕事には責任があるし、その責任に見合う報酬をいただかないと、生活も回らない。

たった一言で信頼が崩れる気がする

「高いな」と思われた瞬間に、それまで築いた信頼関係が崩れるような感覚がある。でも実際には、きちんとした説明をしていれば、ほとんどの人は納得してくれる。それでもその一言が怖い。自分が「ちゃんとした仕事をしている」と胸を張って言えるかどうか。そこに自信が持てていないと、やっぱり報酬の話は難しい。

損して得を取るどころか損ばかり

「今回は少し安くしておこう。その方が関係も続くだろう」と思って報酬を下げる。でも、そういう人に限って次も値切ってくるし、紹介もしてくれない。損して得を取るどころか、損だけで終わることも多い。自分の価値を下げてまで仕事を取りにいくのは、長い目で見ればマイナスしかない。そういう経験、もう何度もしてきた。

「この金額でいいんでしょうか」と言われたとき

先日、依頼者に報酬を伝えたとき、「え、それでいいんですか?」と驚かれた。嫌味ではなく、本気で安すぎると感じたらしい。内心はちょっと嬉しかった。でも同時に、「自分がこの仕事に対して、その程度の金額しか提示できなかったんだな」と反省もした。自信のなさが、報酬の低さに表れていた。

自分の仕事の価値を自分で下げてしまう

こちらが「このくらいでいいですよ」と言ってしまえば、それが正解になってしまう。相手は値段ではなく、こちらの姿勢や態度を見ている。自分の価値を、自分の口から下げてしまうようなものだ。だからこそ、「この仕事にはこの金額がかかります」とはっきり言えるようにならないと、どんどん自分がすり減っていく。

強気になれないのは優しさか弱さか

報酬を言えないのは、優しさなのか、それとも弱さなのか。自分でもわからない。でもたぶん、どちらもあるんだと思う。相手の立場に立って考えようとする優しさと、自分の主張に自信が持てない弱さ。両方を抱えたまま、今日もまた、報酬の説明をしている。

少しの勇気が出ない夜の葛藤

たった一言、「報酬は◯万円です」と言うだけの話。でも、その一言が怖い。言ってしまえば終わることなのに、夜になってもその場面が頭の中で繰り返される。眠れない夜に、「なんであのとき言えなかったんだろう」と自問自答する。そんな自分を変えたいと思いながら、また次の相談に向かう。

金額をはっきり言えるようになるために

これからは少しでも、自分の仕事に自信を持って、「この金額でお願いします」とはっきり伝えられるようになりたい。そのためには、普段から自分の仕事に手を抜かず、きちんと根拠を持って金額を設定することが大切なんだろうと思う。自信がないと、どんなに正当な金額でも言えないのだから。

自分に納得しているかどうかがすべて

報酬をはっきり言えるかどうかは、結局のところ自分自身がその金額に納得しているかどうかだ。内容に見合った金額だと自分で認識していれば、自然と口から出る。逆に、何かしらの後ろめたさや不安があると、どうしても言葉が濁る。だから、自分に対して正直でいることが、第一歩だと思っている。

事前に台本をつくっておくという対策

私が最近試しているのは、報酬の説明用の「台本」を用意しておくこと。相談の流れの中で、「ここで金額の話をする」と決めておき、言い回しも何パターンか用意しておく。そうすることで、少しだけ楽になる。準備をすることで、不安は減らせる。

「これで大丈夫です」と言える自信の育て方

最終的には、「この金額で大丈夫です」と笑顔で言えるようになりたい。そのために、経験を積んで、失敗もして、自分の中に少しずつ自信をためていくしかない。報酬の話で黙ってしまった夜が、少しずつ減っていくように。今日もまた、自分の声で金額を伝えることに挑戦している。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。