頑張りの出口が見えない日々

頑張りの出口が見えない日々

「頑張ってるのに、報われない」って本音

朝早くから夜遅くまで、ひたすら仕事に向き合っているのに、ふとした瞬間に「何のために頑張っているんだろう」と思うことがある。司法書士という仕事は、ミスが許されない緊張感のなかで、誰かの人生の節目に関わる責任も大きい。でも、そのわりに感謝される機会は少なく、ミスがあれば一瞬で信頼を失う。そんな日々を繰り返していると、自分が機械のように感じられてしまう。どれだけ頑張っても、それが形にならないと、心の疲労だけが積み重なっていく。

朝起きる意味が見えない日もある

たまに、布団の中で「もう今日は起きなくてもいいんじゃないか」と思う朝がある。特に月初や月末、登記や相続の案件が重なっているときは、頭の中がずっと仕事のことばかりで、休んでいても休まらない。以前、風邪で熱が出たときでさえ「この書類だけは出しておかないと」と無理に出勤してしまった。結果、体調をさらに崩して一週間寝込んだ。そういう経験をしても、「自分が止まったら終わりだ」と思ってしまう。だから、朝が来るのが怖い。

ルーティン化した業務に感情が追いつかない

登記申請書、決済の準備、問い合わせ対応……毎日やることは変わらない。毎日が同じことの繰り返しで、気づけば感情を動かすことすら面倒になっていた。特にお客様の「急ぎなんですけど」の一言に、いちいち心を動かしていられない。でも、対応はしなければならない。感情を削って効率を優先していくうちに、自分がどこにいるのか分からなくなっていった。機械のように働いている自分が嫌になるけれど、感情を出せる余裕もない。

目の前の書類の山に心が折れる瞬間

ある日、朝出勤して机に向かったら、書類の山が崩れていた。その中には、前日疲れて後回しにしていた登記の書類もあった。事務員さんが「これ、今日中ですよ」と優しく声をかけてくれたけど、その優しさすらプレッシャーに感じてしまった。目の前の紙の束を見て、「もう無理かもしれない」と本気で思った。何がどれだけ重要なのか、見分けがつかなくなるときがある。心が疲れ切っていると、たった1枚の書類が重く感じる。

事務員さんの存在に救われている

事務所には事務員さんが一人いる。忙しい中でも、彼女がいてくれるだけでどれだけ救われているか分からない。自分の表情が曇っていると、さりげなく声をかけてくれたり、コンビニで買ってきたおにぎりを渡してくれたり。感謝してるけど、口に出すのがどうも苦手で、つい無愛想に返してしまう。だけど、たぶん彼女は分かってくれてると思う。そう信じて、なんとかやってる。

「ちょっと笑える話」が唯一の癒し

仕事が立て込んでいても、彼女がぽつりと話す「この前スーパーで財布落としちゃって〜」なんて日常の話に、つい笑ってしまうことがある。そんな何気ない話が、唯一、心の緊張を解いてくれる。お客さん相手ではなかなかできない本音の会話も、彼女には少しだけ見せられる。司法書士という職業は、常に「正確さ」と「信頼」が求められるから、弱音を吐く場所がほとんどない。そんな中で、事務員さんの存在がどれだけ大きいか、日々実感している。

感謝してるのに、うまく伝えられない

口下手な自分にとって、「ありがとう」と伝えるのが一番難しい。なんなら、差し入れのお菓子ひとつ買うだけでも、何分も迷ってしまう。でも、言葉にできなくても、感謝の気持ちは本当にある。彼女がいなかったら、とっくに心が折れて事務所を畳んでいたかもしれない。もう少し素直になれたらいいのに、それができない自分が情けない。でも、明日もなんとかやっていこうと思えるのは、間違いなく彼女のおかげだ。

この仕事を選んだ理由を思い出せない夜

司法書士という資格を取るまで、何年も勉強した。試験に合格したときは本当に嬉しかったし、開業したときは希望でいっぱいだった。でも、今はその希望がどこに行ってしまったのか分からない。疲れすぎて、何を目指していたのか思い出せない夜もある。それでも翌朝にはまたスーツを着て、机に向かってしまう自分がいる。

「司法書士」という肩書きが重い

肩書きがあることで、頼られることが増えた。それはありがたいことのはずなのに、最近はそれが負担に感じるようになってきた。特に家族や知人からの相談は、責任感が倍増する。「〇〇さんなら大丈夫だよ」と言われるたびに、「いや、大丈夫じゃないんだよ」と心の中でつぶやいてしまう。司法書士という肩書きは、自分を守る鎧であると同時に、自分を縛る鎖でもある。

人に頼られる喜びと、期待の重圧

昔は、人の役に立てることに誇りを感じていた。誰かの不安を解消し、未来に繋がる手続きを支えることに意味を見出していた。でも今は、感謝よりも「もっと早く」「完璧に」という無言のプレッシャーの方が大きい。依頼者の期待に応えるために、休日も頭の中は仕事でいっぱい。いつしか、「ありがとう」の言葉が響かなくなってしまった。

資格があっても心が弱ることはある

「資格さえ取れば安泰」と言われることがあるけれど、実際にはそんなことはない。むしろ、資格があるからこそ逃げ場がなくなっているように感じる。クレームやトラブルが起きたとき、すべての責任は自分に降りかかってくる。逃げられない、替えがきかない仕事。心がすり減っているのに、誰にも「疲れた」と言えない日々が続く。

それでも続けている自分を責めてしまう

正直に言えば、もう辞めたいと思ったことは何度もある。でも、やめた後のことを考えると怖くて動けない。「他にできる仕事なんてない」と自分に言い聞かせて、なんとかやってきた。でも、本当は心のどこかで「このままでいいのか」と問いかけている。何度も自分を責めて、でもやっぱり今日も書類と向き合っている。

誰のために頑張っているのか分からなくなる

依頼者のため、家族のため、自分のため。そうやって「誰かのため」を理由にして頑張ってきた。でも、ある日ふと、「本当にこの頑張りは報われるのか?」と思ってしまった。誰も見ていないところで、ただ一人で頑張っているような気がして、虚しくなった。でも、それでもやめられないのは、どこかで誰かに必要とされているという期待があるからかもしれない。

理想と現実のギャップがしんどい

開業前は「自由に働ける」と思っていた。でも実際は、自由どころか、24時間仕事に縛られている。休みの日も電話が鳴れば対応しなければならないし、急な案件が入れば予定も変わる。理想として描いていた働き方と、現実のギャップに心がついていけない。それでも、「独立したんだから頑張らないと」と自分を追い込んでしまう。

出口は見えない。でも歩みは止めていない

心が疲れて、体も重くて、それでも今日も事務所のドアを開ける。誰にも褒められなくても、誰にも分かってもらえなくても、自分の仕事に向き合っている。出口が見えないこの道の先に、何かがあるのかは分からない。それでも、立ち止まることなく歩いている。それだけで、十分頑張っていると思いたい。

同じように悩む誰かがいると思えるだけで

この文章を読んでくれている誰かが、「自分だけじゃない」と感じてくれたら、それだけで少し救われる。同じように毎日を必死に生きている人がいて、自分と同じように苦しんでいる人がいる。それを知るだけで、少しだけ心が軽くなる気がする。だからこそ、今日もこうして言葉を綴っている。

言葉にすることで、自分を励ましている

誰かのため、ではなく、自分自身のためにこの文章を書いている部分もある。口に出せない思いを、こうして文字にしていくことで、少しだけ心が整理されていく気がする。言葉には力がある。その力で、今の自分を少しでも支えることができたらと思っている。

「共感」だけが、今の支えになっている

特別な解決策があるわけじゃない。問題は山積みだし、明日が楽になる保証もない。でも、誰かの「分かるよ」という一言が、今の自分には何よりの救いになる。共感だけが、この頑張りの出口を照らしてくれる小さな光になっている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。