登記簿が照らした沈黙の影
朝の事務所と依頼人の訪問
静まり返った朝の事務所に、コーヒーの香りが広がる。パソコンを立ち上げる音と、サトウさんが書類をまとめる音が、今日も仕事が始まったことを知らせてくれる。 その時、ガラリと玄関のドアが開いた。年配の女性が一人、不安そうな顔をして立っていた。
古びた土地の謄本と不可解な名義
女性が差し出したのは、古い住宅の登記事項証明書だった。見ると、名義人は彼女の父親の名前のままだ。だが、その父親は二十年前に亡くなっている。 「相続登記をしたはずなんですけど…」と彼女は言った。調べると、確かにおかしい。どうやら、その後誰かが登記簿に手を加えた形跡がある。
サトウさんの冷静な視線と一言
書類を眺めていたサトウさんがぽつりと呟く。「これ、地番がひとつズレてますよ。登記簿、間違えてるんじゃなくて、間違えたことにしてある」 その一言に、私は思わず背筋が伸びた。彼女の観察眼は、まるで名探偵コナンが少年の姿で突っ込んでくるときのような鋭さだ。
所有者の失踪と空き家問題の深層
問題の土地は、長年空き家となっていた。ご近所の話では、住んでいた男性が突然姿を消し、それ以来誰も住んでいないという。 役所に確認しても住民票は残っていなかった。まるで「となりのサザエさん」が引っ越してこなかったかのような不自然さだった。
戸籍調査で浮かび上がる別人の足跡
戸籍をたどると、意外な事実が判明した。依頼人の父親には、認知していないもう一人の子どもがいた。その人物が登記の名義に関わっていた可能性が出てきたのだ。 だが、住所はおろか、現住所の記録もすでに抹消されていた。
亡き父の名と消えた息子の真実
調べを進めるうちに、依頼人の父が戦後まもなく別の女性と暮らしていた時期があったことがわかった。その間に生まれた子が、隠し子だったらしい。 「名前を残すって、こういう形でもできるんですね」と依頼人がぽつりとつぶやいた。
地役権設定の記録に潜む矛盾
謄本の中に地役権設定の記録があった。だが、その内容には奇妙なことに隣地所有者の承諾印がなく、押印欄も空白のままだった。 サトウさんが指摘する。「これ、承諾してないのに登記されてます。どうやって?」
ご近所の証言とサザエさん的な回想
聞き込みの結果、当時の様子を知る近所のおじさんが語ってくれた。「あの家はな、昔からちょっと変でな。いきなり誰かが住み始めて、数年で消えた」 「まるでカツオが突然立派な社会人になったくらい、現実味がなかったなあ」とおじさんは笑った。
誤登記かそれとも意図的な偽装か
一連の流れから、登記は意図的に誰かが操作した可能性が濃厚になった。単なる手違いではない。相続をすり替えようとする意図がある。 問題は、それが誰なのかということだ。
登記簿の余白に残された名前
登記簿の備考欄に、小さく鉛筆で記されていた文字を見つけた。「ナガセ」。その名は、かつての住人と関係があると聞いたことがある。 だがその名前は正式な記録には残っていない。まるで登場しない脇役が物語を動かすように、静かに潜んでいた。
証明できない権利と倫理の狭間で
法律的に、この土地を正しく相続するには時間と費用がかかる。だが、今の依頼人が住み続けてきた事実と情は、紙には書かれていない。 「やれやれ、、、」と私は頭をかいた。司法書士ってのは、時に探偵であり、時に坊さんであり、そしていつも少しだけ損な役回りだ。
意外な証拠と昭和の契約書の効力
押し入れの奥から、手書きの売買契約書が見つかった。昭和48年の日付。印鑑も押してあり、しかもそれは法的に有効だった。 つまり、名義を書き換えなかったのは忘れたのではなく、意図的だったのだ。
サトウさんのツッコミと俺のうっかり
「ほら、ちゃんと探せばあるんですよ」サトウさんが呆れた顔で言う。「最初から聞いておけば1日で終わったのに、3日もかけて」 「うっ、、、まあ、じっくり調べるのも大事ってことだよ」と私は汗をぬぐった。
法務局への照会と最後のひらめき
古い登記の誤りを法務局に照会し、正式に登記官の判断を仰いだ。その結果、やはり名義は訂正可能と判断され、手続きが進むこととなった。 やれやれ、ようやく解決への道が見えた。
明かされる動機ともう一つの真相
かつて父と暮らしていた隠し子は、父の死後、土地を持っていかれることに恐怖を覚え、名義変更を拒み続けていたという。 だが彼も数年前に亡くなっており、ようやく道が開けたというわけだ。
静かに閉じた登記簿と少しの救い
手続きを終えた依頼人は、静かに頭を下げて帰っていった。登記簿は黙っているが、確かにすべてを記録していたのだ。 私はそっとファイルを閉じた。書類の山の向こうで、サトウさんが「次の依頼、来てます」と塩対応で言い放った。