はじまりは境界確認の依頼だった
午前9時、いつもより早く事務所に着いた俺の前に、一人の初老の男性が立っていた。手には古びた地積測量図、眉間には皺。口を開くと、うちの敷地と隣の土地の境界について確認してほしいと言う。嫌な予感がした。
話を聞けば、昭和40年代に分筆された土地で、隣地の所有者は既に亡くなっており、相続登記もされていないという。筆界未確定、しかも相続放置。地雷の匂いしかしない。
「これは、、、久しぶりに面倒なやつだな」と、俺は唸った。
隣地所有者の不在と古い筆界
法務局で閲覧した公図は、線が波打っていて、まるで小学生の書いた自由帳のようだ。筆界の記録は薄く、境界杭も現地に残っていない。しかも、登記簿上の所有者は昭和62年に亡くなったままだ。
「まるでサザエさんの波平さんが家の隣の土地も持っていたみたいな話ですね」とサトウさん。冷静に、そして容赦なくツッコミを入れるその目は冷ややかだ。
やれやれ、、、これは相当時間がかかるかもしれない。
図面と現況の食い違い
現地調査を進めると、登記簿上の地積と実測値の間に微妙な差があることが判明した。5平方メートルのズレ。それは「ただの誤差」とは片付けられない程度の数値だった。
しかもそのズレの方向が、依頼人にとって都合の良い方向だったのだ。
これは、何かが仕込まれていると見るべきだろう。
謄本に記載された謎の地番
謄本を何度も見返していたサトウさんが、ある一点を指差した。「この地番、昔の登記で別の地番が接していた記録が残っています。しかも、今の公図には載っていない。」
それは、今は存在しない地番だった。どうやら誰かが消そうとしたらしい。
ここに何かが隠されている。そんな確信が芽生えた。
登場するもう一人の依頼人
数日後、「あの土地について話したい」と事務所に現れた男がいた。彼は亡くなった隣地所有者の息子だと言う。何十年も音信不通だった彼が急に現れたのだ。
彼は開口一番こう言った。「あの土地、実は父のものじゃなかったんです。」
それは、筆界だけでなく所有権にも疑義を生じさせる発言だった。
元地主の息子と語られざる過去
彼の話によると、昭和30年代に口約束で土地を貸していたが、登記はそのままにしていたという。その後、書類が紛失し、記憶も曖昧になったまま年月が流れた。
まるで「探偵物語」の一場面のような過去の亡霊が、境界線を這い上がってきたようだった。
俺は、これはもう「司法書士」の領域を超えてるんじゃないかと、心の中で嘆いた。
筆界特定手続のはざまで
筆界特定手続きを進める中で、どうしても一致しない部分が出てきた。特定図面に記載された境界線は、ある一点で不自然に折れ曲がっていたのだ。
「まるで誰かが線を動かしたみたいですね」とサトウさん。口調は淡々としているが、目が鋭く光る。
俺は思わず苦笑した。「そんなコナン君みたいなこと、、、あったら大問題だよ」
地積測量図に仕込まれた意図
地積測量図を過去のものと並べて比較していると、一枚だけ明らかに違う縮尺の図面があった。しかも、それは依頼人から最初に渡された図面だった。
「これは、、、わざとズレるように描かれている」とサトウさんが断言した。
俺は頭を抱えた。やれやれ、、、この案件、どこまで掘ればいいんだ。
消えていた登記識別情報
さらに調査を進めていく中で、登記識別情報が提出されていないことに気づいた。依頼人は「無くした」と言っていたが、司法書士の感として何かが引っかかる。
確認を取ると、なんと数年前に偽造事件として登録免許税の不正免除が行われていた履歴が出てきた。
その瞬間、全てのピースがつながった。
司法書士の証明と偽造の可能性
偽造された識別情報により、本来別の地番だった土地が一筆にまとめられ、実態とは異なる登記がなされていた。依頼人はそれを承知の上で売却を狙っていたのだ。
「ここで黙ってたら司法書士失格ですよ」とサトウさん。まったくその通りだった。
俺は腹を括った。
不動産を巡る嘘と金
最終的に、依頼人は偽造と登記詐欺未遂の疑いで警察に連絡されることになった。だが、そこまでのプロセスに司法書士が関わることの重さを、改めて思い知った。
「結局、不動産って金で人が変わる世界なんですね」と俺が言うと、
「今さらですか?」とサトウさんの塩対応が飛んでくる。
買い取り業者の不審な動き
さらに調べると、背後には格安で土地を買い漁る不動産業者が存在していた。彼らは、こういった古い境界不明土地を利用して、不正に名義を取得しようとしていたのだ。
今回の依頼人も、その業者の一員だった。
完全に、司法書士のフィールドを超えた事件だった。
サトウさんの冷ややかな一言
「やっぱり、司法書士って事件に巻き込まれ体質ですね」
苦笑する俺を見て、サトウさんはまるで犯人のトリックを見破った名探偵のような顔で立っていた。
この人、ただ者じゃないとは思っていたが、、、やっぱりただ者じゃない。
「その境界線、動かされてますよ」
事務所に戻ると、サトウさんがぽつりと呟いた。
「その境界線、動かされてますよ。心も土地も。」
その言葉が妙に胸に残った。
真相の先にあったもの
事件は一段落ついたが、俺の中ではまだモヤが晴れきっていなかった。
二筆の間にあったのは、ただの境界線ではなかった。
人の欲、嘘、そして過去の重なり合いだった。
隠されていた共有者の存在
最終的に判明したのは、第三者が登記されないまま共有者として存在していたという事実だった。その人物の存在が抜けていたために、全ての辻褄が合わなかったのだ。
「まさか、キャッツアイみたいに消された存在だったとはね」俺はそう呟いた。
サトウさんは鼻で笑っていた。
二筆の間に埋もれた第三の所有権
筆界の間には、誰にも見えない「権利」が眠っていた。それを掘り起こしたのは、偶然でも天才的推理でもなかった。
ただ、根気と、少しの運と、そして俺たち司法書士の仕事だった。
やれやれ、、、今日もまた一つ、余計な知恵をつけてしまったようだ。
結末と司法書士としての役割
事件の報告書を出した後、俺はコーヒーを淹れながらサトウさんに言った。「たまには、平和な相続登記だけやっていたいもんだな」
「そう思ってるうちは、無理でしょうね」と一蹴される。
本当に、やれやれ、、、だ。
筆界確定後の静かな決着
法務局に筆界特定の結果が反映され、土地の境界は正確に線引きされた。それを見て、俺は少しだけホッとした。
だが、それは人の心の境界線を引くこととは違う。
俺たちが関わるのは、ただの線じゃない。物語の続きなのだ。
シンドウのうっかりと最後の一手
ところで俺は、登記完了報告書に日付を間違えて記入していた。
「シンドウさん、これ間違ってますよ。まさかの自爆エンドですか?」
俺は頭をかいて笑うしかなかった。やれやれ、、、本当に、最後までうっかりだ。