登記簿が照らした家の記憶

登記簿が照らした家の記憶

謎めいた依頼人の登場

予約なしで訪れた男

午後三時、私は例によって事務所で書類に埋もれていた。電話も来ない、来客もない、地方の司法書士にありがちな平穏、、、いや停滞の時間だ。そこへ突然、ドアが勢いよく開いた。やや猫背の中年男性が、戸惑いながらも焦っているような目でこちらを見つめていた。

曖昧な相談内容にサトウさんの眉が動く

「この家の登記について、調べてほしいんです」と男は一枚のコピーを差し出した。物件はかなり古そうな平屋。だが説明が曖昧で、何をどうしたいのかはっきりしない。「あなたが相続人ですか?」と尋ねると、はぐらかすような返答。横目でサトウさんを見ると、眉がわずかに動いていた。

一通の登記事項証明書

差し出された不自然な登記情報

私が確認すると、その証明書には奇妙な点があった。所有者欄の氏名は、ごく普通の名前。しかし直感的に、何かが引っかかった。登記の原因が「贈与」となっているのに、添付書類にその根拠がない。しかも、登記されたのは十年前。何かが隠されている匂いがした。

過去の名義変更に潜む違和感

さらに、前の所有者が急に名義を手放したことも不可解だった。相続を飛ばす形になっていて、本来関係のない人物に贈与されたように見える。依頼人がその事実を知らないわけがない。だとすれば、彼は何を隠しているのだろうか。私の中で探偵漫画のような「推理モード」が静かに動き出した。

消されたはずの所有者

シンドウが気付いた小さな矛盾

司法書士としての地味な勘が働いた。固定資産評価証明書に記載された旧所有者の名前と、登記簿の記載がわずかに違っていたのだ。わざと間違えた? それとも、筆跡のクセを隠すための偽名か。あまりにも初歩的すぎて、逆に不気味だった。

登記の履歴が語るもう一人の存在

さらに古い登記記録を引っ張り出して確認すると、贈与者の前にもう一人、短期間だけ所有していた人物がいた。登記から消された存在。まるで、怪盗が盗んだ宝石の痕跡だけがわずかに残っているような、、、意図的に消された記録にしか見えなかった。

サトウさんの推理が動き出す

相続登記の不備が意味するもの

「これ、そもそも相続人が登記してないって話ですよね?」サトウさんの言葉に、私は思わず首を縦に振った。遺産分割協議がされていない形跡がある。登記簿上では贈与の体裁を取っているが、これは名義借りのようなものだ。

冷静な視点が導いた一つの仮説

「おそらく、贈与ではなく、隠された相続放棄じゃないですかね」彼女の口調は淡々としていたが、説得力があった。確かに、事情を知らない第三者が名義を取得していれば、遺留分請求も逃れられる。やれやれ、、、なんとも姑息な手口だ。

廃屋となった家を訪ねて

かつての住人の痕跡

私は依頼人に事情を話すため、例の物件を訪ねることにした。庭には枯れた草が覆い、郵便受けは錆びて歪んでいた。まるでサザエさんのオープニングで、波平がすっ転ぶような古き良き日本家屋。だが中に入ると、使いかけの薬や手紙がそのまま残されていた。

ポストに残された古い手紙

ポストの奥から、湿気を吸った封筒を見つけた。差出人の欄には、「妹へ」と書かれていた。中を開けると、そこには長らく疎遠になっていた兄からの謝罪と、「家はお前に任せる」との文言が綴られていた。これがすべての始まりであり、終わりでもあった。

過去を知る人物との対話

近隣住民が語る不自然な転居

通りかかった老婦人に声をかけると、「あの兄妹、急にいなくなったのよ」と言った。近所ではそれなりに仲が良いと思われていたらしいが、相続が原因で揉めたという噂もあった。だが真実は、兄がすべてを妹に譲る形で身を引いたようだ。

兄妹の間にあった確執

登記簿の動きと、手紙の内容が重なり合って見えた。兄は罪悪感から妹に家を贈与した。しかし、登記の知識が乏しく、正しい手続きを踏まなかったのだろう。結果、第三者が間に入る形でしか所有権を移せなかった。その曖昧さが、今の騒動を生んでいた。

二重の登記と一つの嘘

誰かが故意に隠した名義変更

依頼人は、実はその「第三者」だった。兄と知り合いだった彼が名義を一時的に引き受けたという形。だが兄の死後、すべてを整理して返したいという思いから、今回の相談に至ったのだった。すべてを話し終えたとき、彼は深く頭を下げた。

司法書士だからこそ気付けた罠

登記の世界では、手続きの間違いが家族関係にひびを入れることがある。今回もまた、書類と手続きのすれ違いが悲劇を生んでいた。だが、そのすれ違いを見抜けたのは、司法書士という職業ゆえの勘と、ちょっとした執念のおかげだった。

サトウさんの冷たい一言

「最初からおかしかったですよね」

事務所に戻ると、サトウさんは開口一番、そう言った。確かに、最初の一枚の登記事項証明書には、すでにすべてのヒントが隠されていた。彼女はそれを初見で見抜いていたのだろう。私は何も言えず、ただ頷くしかなかった。

やれやれ、、、としか言いようがない

やれやれ、、、事件は解決したが、心はどこか重い。登記簿の向こうに、人の感情があることを忘れそうになる。だが、それに気づけるからこそ、この仕事は続けられるのかもしれない。サトウさんが無言でコーヒーを置いてくれた。少しだけ、心が和らいだ。

暴かれた過去と和解の兆し

依頼人が背負っていた罪と後悔

後日、依頼人は妹にすべてを話し、正規の登記を行ったという報告が届いた。感謝の言葉と共に添えられていたのは、兄妹が並んだ写真だった。誰かの過去を照らすのが、登記簿のもう一つの役割なのだと、改めて思った。

登記簿が記した真実

ただの紙切れに見える登記簿には、時間と感情が封じられている。今回の件で、また少しその重みを知った気がした。司法書士として、そして一人の大人として、人の記憶に寄り添えるような仕事をしていきたい。そんな気持ちを、コーヒーの湯気とともに静かにかみしめた。

事務所に戻る午後の静けさ

いつものように書類が山積み

事件が一段落しても、仕事は減らない。机の上には、今日だけで三件分の相談資料。現実に戻った私は、また一人書類の山に埋もれていく。腰を伸ばしながら、さっきのコーヒーをすすった。

サトウさんの塩対応が妙にありがたい

「早く片付けてくださいね。まだ午後ですから」背後から冷たい声が飛ぶ。だがその声は、どこか安心感を与える。今日もこの事務所は、静かに、そして確かに動いている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓