謎の依頼人
事務所に届いた一通の封書
その日、朝イチで事務所のポストに入っていた封書には、差出人もなければ電話番号も記されていなかった。古びた茶封筒に、ただ「助けてください」とだけ乱雑に書かれている。それが全てだった。
サトウさんがいつも通り無表情で封を開けて中身を読み、俺に言った。「読めます? この字」。紙には住所らしきものと、登記簿の写しが一枚だけ入っていた。やれやれ、、、朝から厄介ごとの匂いしかしない。
差出人不明の相談内容
内容を要約すると、どうやら「自分の家が誰かに盗られた」ということらしい。ただ、誰が何をどうしたのか、はっきりとは書かれていない。だが、その家の住所は、確かに俺が何度か登記変更を担当した記憶のある物件だった。
「興味、出ました?」とサトウさんが冷ややかに聞く。「まぁな。野球で言うと、初回にノーアウト満塁ってとこか」。つまり、どう転ぶかわからないが、動けば点は入りそうな気配ってわけだ。
調査の始まり
古びた家と登記簿の不一致
俺はさっそく現地を訪れてみることにした。そこは市街地から外れた、いかにも「昭和の残り香」が漂う古民家だった。だが、驚いたのは、登記簿の記録と現在の外観が一致しない点だった。
登記上は改築歴がないはずなのに、屋根は瓦からトタンに変わっており、窓も最近の断熱仕様になっていた。誰かが勝手に手を加えた形跡がある。それも、ここ数年のうちにだ。
空き家に残された写真
家の中はもぬけの殻だったが、押し入れの中に一冊だけアルバムが残されていた。中には昭和40年代と思しき白黒写真が何枚も貼られており、写っている家族は皆、笑っていた。
しかしページをめくるにつれ、表情がどこか硬くなり、最後の1枚では母親らしき女性が誰かをにらみつけている写真で終わっていた。「この空気、、、ルパン三世でいうと次元がタバコ落とす直前くらい緊張してますね」とサトウさん。俺は黙ってアルバムを閉じた。
浮かび上がる二重の名義
登記簿上の所有者は誰か
不審に思った俺は法務局で登記簿を精査することにした。すると、妙なことがわかった。数年前に所有者が変更されているにもかかわらず、司法書士の登録が存在しないのだ。
つまり、正規の手続きを踏んでいない登記変更がなされていた。これは完全に違法。まるでブラックジャックの無免許手術みたいな話である。いや、あれより悪質だ。
古い戸籍と名前の継承
さらに調べを進めると、登記の変更時期と、ある家族の戸籍上の死亡記録が同時期にあることがわかった。その人物の名義で、なぜか新しい名義人が現れたのだ。
「つまり、死んだ人の名前を使って誰かが登記をいじった?」。俺の問いに、サトウさんが即答する。「ええ。ゴースト名義ですね」。その冷静さが逆に不気味だった。
家族に潜む秘密
兄妹の断絶された関係
住民票を追っていくと、この家にはかつて兄と妹が暮らしていたことがわかった。だが、妹は20年前に家を出てから行方不明、兄は数年前に病死していた。
近所の住民に話を聞いてみると、「あの兄妹は絶縁してた」と口を揃える。何があったのか、誰も詳しくは知らなかったが、「金のことで揉めた」との噂は根強く残っていた。
相続放棄の真相
俺は妹の戸籍を追い、ついに所在を突き止めた。彼女は今、別の名前で暮らしていた。そして、なんと登記簿の名義を勝手に変更した疑いをかけられていた。
面会の申し出をすると、彼女は最初拒絶したが、登記の証拠を突きつけると観念して話し始めた。「兄の家は私のものでした。でも、私には何も残されなかった。だから、、、」。
サトウさんの調査力
図書館で見つけた古い新聞記事
その一方で、サトウさんは図書館の新聞縮刷版から、当時の兄妹のトラブルに関する記事を発見していた。なんと、兄が妹の婚約を反対し、家から追い出していたのだ。
「まさか、そこまでこじれてたとは、、、」。俺の口から思わず本音が漏れた。サトウさんは「昭和のドロドロってすごいですね」と、無表情のまま新聞を畳んだ。
家の近所に残る噂
もう一度家の周辺を歩くと、古い井戸の前で老人が話しかけてきた。「あの家な、、、夜な夜な泣き声がしてな、、、」と唐突に始まる怪談話。だがその中に、隠された扉の話があった。
さっそく家の裏に回ってみると、草に覆われた勝手口があった。鍵はなかった。中には兄が書き遺したらしい日記が、埃をかぶったまま残されていた。
過去と現在の交差点
戦後すぐの登記変更
日記には、戦後の混乱期に家の名義を祖父が兄名義に変えていた経緯が書かれていた。法的には曖昧な時期で、当時の記録も残っていない。だが、感情的には納得しがたい記述が並んでいた。
妹の存在は、ほぼ完全に無視されていた。まるで最初からいなかったかのように。登記上の不備も、その背景には複雑な家族の断絶があったことを思い知らされる。
現在の住人が語る真実
さらに驚いたのは、家に今住んでいたのが、なんと妹の息子だったということだ。彼は母から事情を聞かされ、復讐のために名義変更を主導したのだった。
「母さんはずっと、あの家を夢に見てたんです」。彼の言葉に、俺は胸を締め付けられた。司法書士として、いや、一人の人間として、この事件はただの登記の話ではないと気づいた。
真犯人の正体
巧妙な名義移転のトリック
使われていたのは、古い委任状と死亡診断書のコピー。どちらも精巧に偽造されていたが、司法書士の目から見れば粗があった。決定打は、日付の不一致だった。
これを裏付ける書類を集め、警察に提出。妹とその息子は任意同行となった。彼らは「家族のため」と口を揃えて言ったが、それが罪を消せるわけではない。
司法書士が見抜いた矛盾
俺が見逃さなかったのは、地番の間違いだった。本人が本当に住んでいたなら間違えるはずがない。そこに、この事件の本質が隠れていた。
そして俺は、静かに手帳にメモした。「やれやれ、、、またやっかいな仕事だったな」。でもまぁ、たまには人の役に立てたってことで、よしとしよう。
解決への糸口
家系図がつないだ答え
最後に決め手となったのは、父の代までさかのぼった家系図だった。そこに、名義変更の際の正当な相続人の記録が残っていた。妹には、相続の権利がなかったのだ。
これは感情ではなく、法で裁かれる世界。それを説明するのが、俺たち司法書士の仕事だ。「はい、感情抜きで」とサトウさんが冷たく言い放った。
偽名の使用が意味するもの
事件の中で妹は偽名を使っていた。それは、かつて兄が使っていたペンネームと同じだった。つまり、兄への執着と憎しみ、そしてまだどこかにあった愛情が入り混じった名前だったのだろう。
人は複雑だ。登記簿に載る名前だけでは、決して本当の姿はわからない。その事実に、俺はあらためて向き合わされた。
真相の開示
家を奪われた者の叫び
妹は叫んでいた。「家は私のものだった! 兄に全部奪われたのよ!」。しかしその叫びは、法廷では届かなかった。証拠と手続き、それが全てを決めた。
「悲しいですけど、それが現実ですね」。サトウさんはぽつりとそう言った。珍しく、彼女が人間味を見せた気がした。
不動産と人間関係の交錯
この仕事をしていると、不動産より重い「人の想い」に触れることがある。家とは、単なる建物ではない。家族の記憶、感情、時間が詰まった器なのだ。
だが司法書士として、それを感傷に流されずに裁かなければならない。それが、俺たちの宿命だ。
そして静かな結末へ
依頼人の正体とその動機
結局、あの封書を送ったのは妹の息子だった。匿名にしたのは、母にバレずに調査をしてほしかったからだという。真実を知った今、彼は泣きながら謝った。
「知らなかったんです、こんなことになるなんて」。彼の涙は、本物だったと信じたい。少なくとも、俺には嘘には見えなかった。
誰のための正義だったのか
この事件の結末が「正義」だったかどうかは、今でもよくわからない。ただ、誰かの不幸の上に築かれた正義など、本物ではないのかもしれない。
俺は再び事務所に戻り、溜まった書類を前にため息をついた。「やれやれ、、、今日もまた仕事か」。でもまぁ、それが俺の仕事だから仕方ないか。