失敗を誰にも相談できない業種

失敗を誰にも相談できない業種

「ミスを打ち明ける相手がいない」という孤独

司法書士という仕事は、表から見れば「堅実」「信頼される職業」と思われがちだが、実態はまるで綱渡りのような緊張感に満ちている。日々の業務の中で生まれる小さな失敗——例えば書類の記載ミスや期日管理のズレ——そうしたことを「誰かに相談したい」と思ったとしても、気軽に話せる相手がいない。私も新人の頃、不動産登記での地番ミスに気づいたとき、頭が真っ白になった。相談できる相手がいないあの孤独感は、今でも忘れられない。

そもそも司法書士の「失敗」とは何なのか

司法書士の「失敗」とは、単なる事務処理の間違いにとどまらない。依頼者の財産や人生に関わる場面も多く、誤記ひとつで大きなトラブルにつながる。たとえば、相続登記で1人の法定相続人を記載し忘れた場合、その後の相続争いの火種になりかねない。そうなれば、依頼者の信頼を損なうだけでなく、業務上の損害賠償リスクも伴う。どれだけ注意していても、100%の正確さを求められる中では、プレッシャーは計り知れない。

書類の不備から期限の誤認まで——「小さなミス」が命取り

たとえば、登記の申請期限を1日間違えるだけで、依頼者に数十万円の損害が発生することもある。私自身、商業登記で提出日を勘違いしてしまい、依頼者に怒鳴られた経験がある。たった1日のズレで、法人設立のスケジュールが狂い、取引先との契約も延期されたという。こちらが「うっかりしていた」では済まない世界だ。

取り返しのつかない状況に、気づくのはいつも自分だけ

もっと恐ろしいのは、誰にも気づかれないまま進行してしまう失敗だ。ある日、提出済みの登記完了通知を見直していて、添付した証明書が1通抜けていたことに気づいた。管轄の法務局が優しかったから再提出で済んだが、冷や汗が止まらなかった。こういう時、心の中では「誰かに聞いておけばよかった」と思うものの、結局は全部自分で処理するしかない。誰も助けてくれないし、誰にも言えないのが現実だ。

「相談=恥」になってしまう職業的プレッシャー

司法書士は、専門家として「知っていて当然」「ミスをしないことが前提」と見られがちだ。だからこそ、同業者に失敗の相談をすること自体が、恥であり弱みと捉えられる。私自身、以前ある懇親会で「この間、ちょっとした添付書類の見落としがあってね」と軽く話したら、微妙な空気が流れたことがある。「そんな初歩的なこと?」という無言の圧力。それ以来、人前で失敗談を話すのが怖くなった。

誰に聞けばいい? 同業者にも言えない現実

もし新人の司法書士が「この書類ってこれで合ってるんでしょうか」と聞いてきたら、自分のことを思い出して親身に答えたい。でも、現実にはなかなかそういうやり取りが成立しない。業界全体が「自力で乗り越えろ」の文化だからだ。同期の中には、分からないことがあっても「間違えて覚えたまま申請」している人もいたという。怖い話だが、それが実情なのだ。

組織に属していない“独立”の辛さ

企業に勤めていれば、先輩や上司に「すみません、ここ分からなくて…」と聞ける。だが、独立開業してしまえば、全部自分一人。うちのように事務員一人しかいない事務所では、相談相手なんて当然いない。Googleで調べて、それでもわからなければ法務局に電話。でも、その電話だって「プロなのに分からないんですか?」と突き返されることがある。独立は自由と引き換えに、全責任を背負う孤独でもある。

失敗が許されないという重圧

司法書士の世界では、ミスをしても「仕方ないよ」と言ってもらえることはほぼない。実際には、どんなに注意していてもミスは起きるのに、それを「起こさないこと」が当然とされる。誰もが一発アウトを恐れながら、黙って業務を続けている。そんな日々の中で、ふとした瞬間に「自分、これもう無理かも」と思ってしまうことがある。

一度の失敗が信頼と仕事を奪う世界

信用商売というのは本当に厳しい。一度のミスが致命傷になることもある。たとえば、ある取引先の登記で提出書類を間違えた際、「もう二度と頼まない」と言われ、紹介で広がっていた仕事のルートが途絶えた。たった一件で全てが崩れるのがこの仕事の怖さだ。「どんなに良い仕事をしても、最後に一回失敗すれば終わり」——それがリアルな実感だ。

「謝罪すれば済む」では済まされない場面

依頼者が怒るのは当然だが、それ以上に「この人は信用できない」と思われた時点で終わり。謝罪の言葉が届かないこともある。自分では「誠意を尽くした」と思っても、それが相手にとっての安心材料にはならない。ある意味、言葉よりも「ミスをしない実績」がすべてという世界である。

失敗の損害を「自腹」でカバーする覚悟

実際、損害が出た場合にそれを補償するのは自分だ。私も一度、登録免許税の計算ミスで数万円の負担を被ったことがある。依頼者には言えず、自分でこっそり補填した。そんなとき、自分の生活費を削ってでも信用を守らなきゃいけないという現実が、本当にしんどい。

それでも、誰かに話したくなる夜

結局、どんなに頑張っても孤独は拭えない。仕事が終わって一人、事務所の蛍光灯を消した瞬間、ふと「これって、誰かと話せる内容なんだろうか?」と思う。だけど、誰もいない。そんな夜は、冷たい缶ビールを開けて、自分の失敗を心の中で反芻するだけだ。

事務員にすら言えないことを、どうすればいい?

うちの事務員はよく気がつくし、優しい子だ。でも、ミスの話はなかなかできない。自分の弱さをさらけ出すのが怖いのもあるし、相手に余計な不安を与えたくないという気持ちもある。だからいつも、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら、誰にも相談できないまま業務を続ける。

ネットの匿名掲示板さえ、信じきれない

たまに、深夜に司法書士関係の匿名掲示板を覗いてみる。でも、「そんなのも知らないの?」というレスが目立ち、心が余計にしんどくなることも多い。結局、「こんなことで悩んでるのは自分だけなんじゃないか」と思い込んでしまい、余計に誰にも相談できなくなっていく。

独り言だけが、唯一のカウンセリング

最近は、帰宅途中の車の中で「やっちまったな…」と独り言をつぶやくことが多くなった。それが一番、正直な気持ちの吐き出し方なのかもしれない。誰にも届かない言葉でも、自分の中のモヤモヤを少しでも吐き出すだけで、ほんの少し楽になる。そんな日々を、今日もまた繰り返している。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。