休めない現実と壊れていく心身
地方の司法書士という仕事は、たった一人で回しているようなものだ。事務員が一人いるとはいえ、責任の重さや判断の最終的なところはすべて自分にのしかかってくる。だから体調が悪くても、簡単には休めない。発熱があっても、頭が痛くても、今日締切の登記は動かさなきゃいけないし、依頼者からの電話には出ないといけない。無理を重ねれば重ねるほど、心も体も少しずつ蝕まれていく。けれど、立ち止まった瞬間にすべてが止まってしまう気がして、休むことが怖くなる。
「今日は無理です」と言える立場じゃない
会社員時代、体調不良で休む人を見ては「お大事に」と言っていた自分が懐かしい。今はその「お大事に」が誰にも言えない立場になってしまった。朝から喉が痛くて熱っぽい日でも、メールの山や期日のある書類が頭の中に浮かび、「今日は無理です」と言えないのだ。誰も代わってくれない現実が、喉の痛み以上に胸に刺さる。
代わりがいないというプレッシャー
仮に休んだとして、誰が登記を進めるのか。誰が今日の面談に対応するのか。事務員にできる範囲には限界があるし、専門的な判断や説明はやはり司法書士の役目になる。だからこそ、たった一人で事務所を構えていることの重みを、こういうときに痛感する。責任感というより、孤独感に近い。
休んだらすべてが止まる仕組み
僕が休めば、電話も止まり、登記も止まり、相談も止まる。小さな歯車が一つ外れるだけで全体が止まってしまうような、そんな脆い仕組みの上にこの事務所は成り立っている。依頼者にはそんなこと関係ない。結果だけがすべてで、プロセスの苦しみは誰にも伝わらない。
体調管理すら自己責任の世界
自己責任。それはこの業界ではもはや常識のような言葉だ。自分の体調を崩すことすら、経営者としての「管理能力の欠如」と見なされることすらある。実際、体調が悪くなるたびに「もっと早く寝ればよかった」「もっとサプリ飲んでおけば」と自分を責めてしまう。
熱があっても出勤するという選択肢しかない
38度の熱が出ても、寝込むという選択肢はなかった。以前、インフルエンザかもと思いながら登記の現場に出向いたことがある。自分でもバカだと思う。でも、その日しか時間が取れない依頼者との面談をキャンセルしたら、信頼を失うかもしれないと思ってしまった。そうやって、自分の体を切り売りしている。
健康診断すら後回しにする日々
何年も健康診断を受けていない。予約しようとするたびに「今週は忙しいから」「来月にしよう」と先送りして、気づけば年単位で受けていない。ある意味、死ぬまで働く覚悟なのかもしれないが、こんな働き方で果たして人としてどうなんだろうと、ふとした瞬間に思う。
事務員ひとりの現場で起きること
僕の事務所には事務員が一人いる。とてもよく頑張ってくれているけど、結局のところ「司法書士の業務」までは任せられない。無理に頼めばある程度はやってくれるかもしれない。でもそれは「業務を押しつけているだけ」になってしまう危うさを含んでいる。
「今日は私、休みます」が言えない関係性
事務員も人間だから、当然体調を崩すことはある。でも、「今日休みます」と連絡が来ると、正直、内心ドキッとする。「ああ、全部ひとりでやるしかないな」と。だからといって「無理して来て」とは絶対に言えない。言えないけど、休まれると事務所全体が止まる。それが現実。
業務が属人化している恐ろしさ
うちの業務は、効率的とは言いがたい。僕が全部抱え込み、事務員は事務員で特定の処理を覚えていて、もしどちらかがいなくなれば混乱する。マニュアルはあるけれど、それを読む時間すらない日々。属人化の怖さはわかっていながら、それを解消する余裕がない。
「ちょっとのミス」が取り返しのつかないミスに
たとえば、一つの漢字の入力ミスで登記が差し戻されたことがあった。疲れ切った夜の作業で見落としてしまったものだった。たったそれだけで、依頼者に迷惑がかかり、信用を落とす。どれだけ「体調が悪かった」と言い訳しても、責任は逃れられない。だからこそ、体調が悪くても神経は張り詰めたままだ。
顧客には関係ない「こっちの都合」
登記の期日、相談の日程、電話の対応。どれも、こっちの体調とは無関係に進んでいく。顧客からすれば「プロに頼んでいるんだから当然でしょ」という感覚だろう。その感覚を責めることはできないが、こちらの心身が削られていくのは間違いない。
倒れても登記の締切は待ってくれない
一度、どうしても動けないほどの体調不良に陥ったことがある。けれど、その日が登記の申請日だった。泣く泣く這うようにして法務局に向かい、提出した。今思えば、代理申請を誰かに頼めばよかったのかもしれない。でも、そんな頼れる人がいない。それが一番の問題なのだ。
メールの返信が遅いだけでクレームになる世界
体調が悪くて、メールチェックが遅れた日があった。たった半日返信が遅れただけで、「連絡が来ないのはどういうことか」と怒りの電話。その瞬間、「もう無理だな」と思った。でも、無理でも動かなきゃ仕事は回らない。言い訳の余地は、この業界にはあまりない。
「人手が足りなくて」は通用しない現実
「うちは人手が足りないから…」と言っても、相手には響かない。中には理解のある依頼者もいるが、基本的には「仕事を頼んでいる相手」としてしか見ていない。それがプロというものだと言われればそうかもしれないが、人としての余白すら与えられない働き方は、やっぱりきつい。
理想の働き方なんて、夢のまた夢
SNSでは「司法書士も自由な働き方ができる時代です」とか「リモートでも業務可能」なんてキラキラした投稿が流れてくる。でも、それはあくまで都市部や大規模事務所の話だ。地方の、小さな事務所にとっては、夢物語にしか思えない。
「週休二日」「有給休暇」って都市伝説？
僕の中では、「週休二日」という言葉が冗談にしか聞こえない。日曜に予定を空けても、結局書類の確認や面談の準備で一日が潰れる。有給休暇？ 自分で申請して自分で却下してるようなもんだ。
SNSで流れてくる働き方改革の眩しさ
他人の事務所の投稿を見ると、まるで異世界に見える。チームで助け合いながら回していて、定時退勤で趣味も充実…なんて、それが現実に存在するなら、もう少し生きやすかったのかもしれない。でも、僕の現実は、朝も夜も「誰にも代われない自分」との戦いだ。
それでも誰かに必要とされているという救い
こんな毎日でも、時折「助かりました」「先生に頼んでよかった」と言ってもらえる瞬間がある。それだけで、また一日踏ん張る力になる。決してモテないし、体調も万全とは言えないけど、誰かの役に立てることがある限り、もう少しだけ、続けていこうと思う。
