気持ちが置き去りになる瞬間
登記申請の処理が一件終わった。完璧に書類を整えて、提出して、受理されて。それでも、達成感なんてものはまるで湧いてこない。ただ、「次」が待っているだけ。なんというか、心だけがそこにいないような、体だけが先に走ってしまったような感覚に陥る日が増えた。自分でも「贅沢な悩みだな」と思う一方で、「この仕事、あと何年続けられるかな」とふと立ち止まりたくなる。周囲は黙々と働いているけれど、自分だけがうっすらとした疲れを抱えながら書類をめくっている気がする。
完了しても心が晴れない理由
登記が通っても、誰も拍手してくれるわけじゃない。依頼人だって「ありがとうございます」の一言で済む。いや、それが当然なんだけど、やっぱりどこか物足りない。昔、草野球でサヨナラヒットを打ったときの、あの仲間と分かち合った高揚感。今の仕事にあんな瞬間は、ほとんどない。書類の中の数字や地番を見つめながら、「これ、本当に人の役に立ってるのかな」と思う瞬間がある。自分の存在意義が書類の厚みに飲み込まれてしまいそうになる。
「終わった」はずなのに残るもやもや
「完了報告です」と声をかけたあと、誰にともなく「ふう」とため息が出る。終わったはずなのに、どこかしらに引っかかりが残る。あの一文の言い回しで良かったか、あの電話対応で失礼はなかったか。終わったはずのことが、頭の中でぐるぐる回り始める。まるで、ピッチャー交代後もマウンドに立ち続けてるような感覚。休めと言われても、心はまだプレイ中だ。
感情と業務のタイムラグがつらい
とっくに体は動いてるのに、感情が後からじわじわついてくる感じ。朝のメール確認、電話対応、書類チェック。気がつけば昼。なのに心はまだ、昨日のクレーム対応の反省会をしている。業務のスピードと気持ちのスピードがまったく噛み合わない日って、こんなにも疲れるのかと実感する。追いつこうとしても、ますます置いていかれる。そんな自分に腹が立って、でも何もできない無力感が押し寄せてくる。
そもそもモチベーションって何だっけ
「モチベーションが上がらない」と言えば軽く聞こえるが、本当は「何に向かっているのか分からない」感覚に近い。若い頃は「司法書士になれば食っていける」と思ってたし、それなりの誇りもあった。今は、こなすことだけが目的になってしまったようで、自分の原点すら思い出せない。誰かと語り合いたいが、語る相手もいない。独り言のような独白が、心のどこかで続いている。
好きで選んだ仕事のはずが
試験に受かった日、親に電話して「やっと一人前になれた」と言った自分を思い出す。あのときの自信と高揚感は、今や見る影もない。「好きで選んだんじゃないの?」と聞かれても、「今でもそうだよ」と即答できない自分がいる。好きだった気持ちはどこかにあるんだろう。でも、それが埋もれてしまうくらい、今の業務は淡々としている。
「やらなきゃ」が「やりたくない」に変わるとき
最初は「誰かの役に立ちたい」だった。それが「ミスしないようにしなきゃ」に変わり、今は「とにかく今日も無難に終われ」と思ってしまう。やりたいと思ったことが、いつの間にか義務になり、重しに変わる。そうなった瞬間、足取りが急に重くなる。机に向かうのがしんどい。目の前の仕事が、なぜか遠くに感じてしまう。
忙しさの中で気持ちを失っていく
「暇なときってあるんですか?」と聞かれることがある。正直に言うと、暇な時間はある。でも「心が休まる時間」は、ほとんどない。やることに追われているというより、やるべきことに囲まれている感じ。ひとつ終わっても、またひとつ。次々に現れる依頼と書類の山に、自分の感情を挟む余裕がない。
今日もまた電話と書類に追われて
朝イチの電話が鳴る。昨日の案件の問い合わせ。折り返して確認して、次は金融機関からの確認連絡。机には、まだ未着手の申請書類が山積み。気づけば午前が終わり、昼飯をかきこんで、午後の打ち合わせへ。結局、夕方になっても一件も「気持ちよく終わった」仕事はない。やりきった感なんて幻想。そんなものを求めること自体が、間違っているのかもしれない。
いつの間にか夕方になっている日常
時計を見て、「えっ、もう16時?」と思うことが多い。でも、やったことを思い出そうとしても、明確に記憶に残っている作業がない。あれこれと処理はした。でも、心に残るものがない。ただ、何となく「働いた」感覚だけがある。この状態を「充実」と呼べるのかどうか、自分でも分からなくなる。
効率よりも気力が先に切れる
どれだけ効率化しても、結局、自分の気力が保たないと意味がない。タスク管理アプリ、テンプレート、ショートカットキー。いろいろ駆使しても、朝から気が重いと、もうそれだけでペースが崩れる。効率は「やる気」があってこその道具。肝心の気持ちがすり減っていれば、何もかもが空回りする。
事務員との沈黙が語るもの
うちの事務所は二人きり。僕と、長年勤めてくれている事務員の女性。彼女とはあうんの呼吸だけど、会話は最小限。ときどき、その沈黙が妙に重たく感じることがある。彼女が何も言わないのは、きっと僕が何も言わないから。でも、何を話せばいいのか分からない。「今日、疲れましたね」と言ったところで、何も変わらないから。
無言の時間に自分の本音が見える
コピー機の音だけが鳴っている時間。窓から差す午後の光。ふと、こんな生活がずっと続くのかと思ってゾッとすることがある。会話もなく、感情もなく、ただ黙々と仕事を続けるだけ。そうしていると、心の奥から「もうやめたい」という声が漏れてくる。口には出さないけれど、間違いなくそこにある声。
「聞かれても答えたくない」気分の日
「お疲れさまです」と声をかけられても、返事をするのが億劫なときがある。「大丈夫ですか?」なんて聞かれようものなら、「ほっといてくれ」と言いたくなる。でも本当は、ちょっとだけ気にしてほしい。そんな矛盾が、自分をますます疲れさせる。誰にも気づかれたくないけど、誰かには気づいてほしい。わがままな自分に、また自己嫌悪する。