「えらいね」って、そんなに欲しい言葉か？
司法書士として15年以上働いてきた。登記も相続も、淡々と処理し、ミスなくこなすことに神経を尖らせてきた。でも、ふと気づくと、誰からも「すごいですね」とか「助かりました」といった言葉を聞かなくなっていた。お客様が悪いわけじゃない。期待された通りにやることがプロの仕事だ。でも、その期待に応え続ける日々が、いつの間にか心をすり減らしていた。
感謝されない仕事、評価されない毎日
司法書士の仕事は、結果が出て当たり前、問題が起きないことが評価という世界だ。ミスがなければ、それでよし。だからこそ、「ありがとう」や「助かった」という声を聞くことは、案外少ない。むしろ、何も言われないことが当たり前の空気になってしまう。仕事にやりがいを感じたいと願っても、感情を返してくれる人がいなければ、ただのルーティンのように思えてしまう。
登記が通っても、誰にも気づかれない
たとえば、不動産の名義変更が無事完了した日。こちらとしては、ギリギリの期限でやり遂げて、内心では「よし！」と小さくガッツポーズ。でも依頼者からの反応は、「あ、もう終わったんですか」と一言だけ。別に感謝の言葉が欲しくてやってるわけじゃないけど、人間だもの。達成感を共有できないまま、次の案件に移るあの空虚さは、なかなかこたえる。
お客様は満足してる。でも言葉はない
後から紹介が来たり、リピーターがあったりすることもある。だから仕事自体に不満はないのだけれど、「あの時すごく助かったんです」という言葉が直接届くことはほとんどない。むしろ、クレームのほうが印象に残る。黙って去る人が多い業界だからこそ、たった一言の「褒め言葉」が、何日分もの疲れを吹き飛ばす力を持っていると気づく。
地方で司法書士をやっていると、特に孤独になる
都市部ならば同業者との交流も多く、刺激や情報交換もできるだろう。でも、地方では同業者自体が少ない。ましてや独立してしまえば、誰かと愚痴を言い合う機会すら希少になる。朝から晩までこなす案件の数々を、黙々と処理し、気づけば誰とも会話せずに1日が終わることもある。孤独に強い人間なんて、きっとそう多くない。
比較対象も少ないし、同業者も少ない
周りに司法書士が少ないと、切磋琢磨もなければ、お互いを褒め合う文化も育ちにくい。たまに交流会に出ても、営業の話や集客の話に終始して、本音をこぼす空気はどこにもない。自分がどこまでやれているのか、何が足りないのかを測る物差しもない。ただ、今日も一人でパソコンの前に座り、また一つ、無言で完了ボタンを押すだけ。
「すごいですね」が聞こえてこない日常
それでも、SNSを見ると都会の司法書士さんたちは、上手に広報をしていたり、セミナーに登壇していたりする。そんな姿を見ては、「ああ、自分は何をしているんだろう」と思ってしまう。たとえそれが正しい比較じゃなくても、やっぱり言葉としての「すごいですね」が欲しくなる。それは贅沢なんだろうか？いや、人として当たり前の欲求だと思う。
都会の同業者が羨ましくなる瞬間
最近、東京の司法書士のブログを読むことが増えた。仕事のやりがいを書き連ねる投稿に、やっぱり羨ましさを感じてしまう。あちらは事務所スタッフも多く、反応も多く、評価の言葉が飛び交っているように見える。もちろん裏では大変なことも多いのだろうけど、「誰かに見られている」という実感があるだけで、きっと違うんだと思う。
それでも、この仕事を辞めない理由
辞めたくなる夜は、正直に言えば数えきれないほどあった。でもそれでも続けているのは、たまに訪れる「心が震える瞬間」があるからだ。誰にも褒められなくても、自分の中で「よくやった」と言えることがある。人知れず努力して、ひっそりと役に立てたと感じた時、それがほんの少しの救いになる。だから、明日もまた仕事をする。
小さな「ありがとう」が、胸に残るから
先日、ある高齢の依頼者の方から小さな声で「本当に助かりました」と言われた。その一言が、心にじんと染みた。大量の書類も、移動も、煩雑な手続きも、その言葉の前ではどうでもよくなった。報酬以上の価値がそこにあった。自分の存在意義を、そっと教えてくれたようだった。ああ、これでまた少し頑張れるな、と思えた。
誰かのためになった実感は、言葉より深い
言葉で褒められなくても、その人の表情や態度、ちょっとした空気感の中に、感謝がにじんでいる時がある。そういう瞬間を見逃さないようにするのが、きっと大事なんだろう。誰かの人生の一部分を、自分が支えられたという実感は、表面的な評価以上に、ずっと長く心に残る。そう信じていないと、たぶん続けていけない。
「自分のためにやってる」って嘘でも思いたい
結局、誰かに褒められたくてやってるわけじゃないと言いながら、本当は誰かに認められたい。でも、それを期待してしまうと辛くなるから、「これは自分のための仕事なんだ」と、無理やり思い込む。それでいいのかはわからないけど、今のところ、それでなんとかやっている。まだしばらくは、褒められない日々を受け入れるつもりだ。
