朝の予定はあくまで予定に過ぎない
「今日は午前中に法務局だけ寄って、午後から一気に書類を片付けよう」──そんな甘い目論見を抱いて出発した日のことは、だいたい午後の絶望で締めくくられる。車に乗るときには希望に満ちているのに、帰ってくる頃にはぐったりしていて、デスクの前に座っても何も始まらない。そういう日が週に何回あるだろう。予想外の混雑、待たされる時間、忘れ物を思い出して引き返す絶望。予定とは、司法書士にとって希望であり、同時に儚さの象徴でもある。
完璧に組んだはずのスケジュールの崩壊
前日の夜、頭の中で組み立てたスケジュールは美しかった。午前9時に出発、9時半に法務局に到着、10時には書類提出完了、その足でコンビニに寄って昼ご飯、11時から事務所で登記作業開始──そんな流れるような予定を立てていた。しかし現実は、駐車場が満車、窓口が長蛇の列、途中で訂正印を忘れてきたことに気づいて往復……。時間通りに進むのは、ファンタジーの中だけなのかと呟きたくなる。
午前中の「ついでに寄る」はまず失敗する
「法務局の帰りに郵便局と銀行も寄ろう」と思った日があった。結果、法務局で思った以上に時間がかかり、銀行が閉まる直前に滑り込んで大慌て。郵便局は閉まっていた。「ついでに寄る」は便利そうに見えて、時間に追われることを前提にした計画にすぎない。特に、法務局は「寄る」場所ではなく「沈む」場所だ。予定に組み込むのではなく、覚悟して挑む戦場といった方がしっくりくる。
法務局の窓口が開く前から始まる敗北
窓口開始の10分前に着いた日。すでに数人が並んでいた。ようやく自分の番になったのは30分後。しかも前の人が込み入った相談をしていたらしく、窓口はピクリとも動かない。こういう時に限って、持参した資料の一部が抜けていて「これでは受付できません」と言われる。朝の段階で「勝った」と思ったのは何だったのか。司法書士の一日は、こんな些細なことで簡単に崩れる。
法務局に入ったら世界が止まる
法務局の中に入った瞬間、時間の感覚が消える。外の世界は忙しく動いているのに、ここではまるで時間が凍りついたようだ。番号札を取り、席に座り、目の前の電光掲示板を眺める。ただそれだけで、1時間が過ぎていく。スマホを見る気にもなれず、ただ、時計の針が進まないのを見つめるしかない。
番号札が進まないだけで心がすり減る
「ただいま○番のお客様をお呼びしています」そのアナウンスが、自分の番号に一向に近づかない。1人進むのに10分、20分かかることもある。「次で呼ばれるかも」と思って目を離せないのも地味にストレスだ。結局、手元の仕事は進まず、ただじっと順番を待つだけ。この無力感は、事務所でミスを指摘されたとき以上に堪える。
目の前の人が長いと自分も長くなる予感
自分の順番の直前の人が、やたらと説明に時間をかけているとき、「ああ、自分の時もあれこれ確認されるかも」と不安になる。案の定、こちらの提出書類にも指摘が入り、訂正印や添付書類の再確認で時間を食う。運が悪い日は、修正のために一旦退室し、書き直してもう一度並び直す羽目になる。前の人が長引くと、自分も長引く──これは法務局あるあるのひとつだ。
誰も悪くないが誰かのせいにしたくなる
職員の対応が遅いわけではない。自分の準備不足でもない。でも、「なぜこんなに時間がかかるんだ」と思ってしまう。混雑、制度の煩雑さ、運の悪さ……原因はあっても犯人はいない。けれど、あまりに進まない状況に、つい心の中で愚痴ってしまう。「もっとスムーズに回ればいいのに」「誰かがシステムを変えてくれれば」そう思っても、結局、何も変わらない。
戻る頃には集中力は消えている
ようやく法務局から戻ってくる頃には、心も体もどっと疲れている。午前中に終わらせたかった登記作業は午後にズレ込み、集中しようにも頭が働かない。コーヒーを淹れても眠気は取れず、目の前のパソコンとにらめっこする時間だけが過ぎていく。
デスクに向かっても手が動かない
「さて、やるか」と気合を入れても、まるで指が鉛のように重い。ひとつ書類を開いては、内容が頭に入らず閉じる。その繰り返し。脳のエネルギーを法務局にすべて置いてきたかのようだ。たった数時間の外出が、こんなにも仕事の効率を下げるとは……と思っても、誰に文句を言えるわけでもない。
「あれもこれも今日中に」の呪い
午後から登記の入力、依頼人への連絡、書類整理……。「今日中に終わらせよう」と朝は思っていた。だが、その「今日中」という目標が、どれほど無謀だったかを痛感するのがこの時間帯だ。焦りと眠気と空腹が押し寄せ、どんどん作業が雑になる。結果、ミスをしてしまい、明日に響く──負のループの始まりである。
書類を前にして沈黙する午後三時
午後三時。集中力は限界、目は乾き、背中が重い。書類は目の前にあるのに、手が伸びない。「あと一つだけ」と思って開いた登記簿の内容が複雑で、ため息が出る。「もう今日は無理かもな」と心が折れる。こんな日は、何かひとつ片付けるだけでも、自分を褒めてやりたくなる。
こんな日が週に何度もあるという現実
特別な一日ではない。こういう日は、週に一度どころか、週に三度はある。特に月末や年度末は、法務局通いが増えるからなおさらだ。朝出かけるたびに「今日こそは早く帰る」と思っても、気づけば夕方。仕事したのかしてないのか分からないまま、また一日が終わっていく。
だからこの仕事は楽じゃない
独立すれば自由になると思っていた。けれど実際は、自由どころか時間に振り回される毎日だ。誰かの書類に責任を持ち、自分の段取りが崩れるたびに自己嫌悪に陥る。それでも、依頼人はそんな事情を知らないし、結果だけを求めてくる。楽じゃない。でも辞められない。
独立開業の甘くない一面
好きで始めた司法書士の仕事。でも、こんな風に1日が終わる日が続くと、「何のために独立したんだろう」と思う瞬間もある。会社勤めの頃の方が、まだ規則的だった気がする。もちろん今の方がやりがいはある。でも、甘くはない。むしろ、しょっぱい。しょっぱすぎて、涙が出る。
それでも明日もまた行くしかない
愚痴を言っても、文句を言っても、結局は自分の足で法務局に向かう。それが司法書士の仕事だ。誰かが代わりにやってくれるわけじゃないし、頼れるのは自分と事務員さんだけ。「また今日も時間が吸い取られるかもな」と思いながら、明日もハンドルを握る自分がいる。きっと、そんな自分が嫌いじゃない。