ひとりで踏ん張る司法書士の日々

ひとりで踏ん張る司法書士の日々

朝が来ても誰も待っていない

事務所のカギを開ける音が、僕にとっての始業ベルみたいなものだ。誰もいない空間に足を踏み入れ、スイッチを入れたコピー機が「ウィーン」と鳴る。それだけで、少しだけ安心する。朝礼もなければ、今日の予定を確認する相手もいない。スマホの通知も仕事に関係のないものばかりで、結局今日も僕は、誰にも気づかれずに動き始める。大きなことを成し遂げたいわけじゃない。ただ、依頼者のために静かに準備を重ねていく。それが僕の「日常」になっていた。

静かすぎる事務所の始業チャイム代わり

昔、野球部だった頃は、毎朝グラウンドに行けば誰かがいて、声を出せば返事が返ってきた。だけど今は違う。パソコンを立ち上げるファンの音と、ボールペンのカチカチという音が「おはよう」の代わりだ。外が雨でも晴れでも、誰とも交わさずに始まる仕事。事務員さんが来るのは午後だから、それまでの数時間はまるで「ひとり静寂リレー」。でもこの時間が、意外と集中できる瞬間でもある。誰にも邪魔されず、ミスを防ぐ神経を尖らせるには、悪くない時間なのかもしれない。

カーテンを開けると現実が始まる

僕の事務所は、駅から少し外れた古いビルの一角にある。朝、カーテンを開けると、見慣れた景色が広がっているけれど、そこに「仕事の始まり」を感じる。郵便受けにチラシが詰まっているのを見て、「今日も誰にも注目されてないな」と思うことがある。あの頃の僕は、もっと人と関わって、誰かに頼られる存在になれると思っていた。でも今は、ただただ淡々と、自分のペースで書類をさばいている。カーテンを開けたら、夢ではなく、いつもの現実が始まる。

今日も無言で始まる事務作業

朝一番にするのはメールチェックと、前日に持ち越した登記の確認。相談の電話が来る前にどれだけ処理できるかが勝負だ。声を発さずに、ひたすら入力作業に没頭する。たまに独り言が漏れると、自分でも驚いてしまうほど静かだ。人の声が恋しいと思うこともあるけど、そんなことを言っている暇もない。静けさが支配する中、進捗だけが僕の仕事ぶりを証明してくれる。この静寂が、もはや戦場になっているのだ。

事務員さんに救われているけど

午後になると、ようやく事務員さんが出勤してくる。僕にとっては、声をかけられる唯一の時間でもある。でも、気が利いて真面目に働いてくれる彼女に、どうしても素直に「ありがとう」と言えない。僕の性格のせいだと思う。優しさを出すと、なぜか自分が負けるような気がしてしまう。子どもみたいだな、と自分でも思うけど、どうにもならない。結局、今日も無言で業務連絡だけを交わしてしまう。

頼れる存在なのに気を遣ってしまう

彼女は淡々とこなしてくれる。書類の誤字脱字も見つけてくれるし、電話応対も僕よりずっとうまい。でも、逆にそれがプレッシャーになることがある。もし辞められたら、自分一人では絶対に回らない。だから、言動には妙に気を遣ってしまう。こんなに頼ってるのに、あえて距離をとってしまうのは、自分でも情けないと思う。でも、近づきすぎると壊れてしまいそうな関係だからこそ、微妙な距離感を保ってしまうのかもしれない。

ありがとうが言えない性格

「ありがとう」と一言言えば済むことなのに、それができない。どこかで「言わなくても分かってくれるだろう」という甘えがあるんだろう。だけど本音を言えば、感謝を言葉にすることで、妙に自分が小さく見えてしまいそうで怖いのだ。変なプライドが、今も僕を縛っている。野球部のときは、仲間に対して素直に褒めたり感謝したりできたのに。仕事になると、なぜこんなに臆病になるのだろう。

気まずい沈黙もまた日常

業務中にふと沈黙が流れると、その空気が気になってしまう。でも、彼女は意外とそれを気にしていない様子で、黙々と作業をしている。その姿に救われる一方で、「この沈黙、気まずくないかな」と自問してしまう僕がいる。たぶん、自分の中にある不安や劣等感がそうさせているのだろう。結局、人間関係の難しさからも逃げられない。それが一人事務所のリアルだと思う。

電話が鳴るたびに構える

固定電話が鳴る音が、今でもちょっと怖い。何かミスでもあったんじゃないかとか、苦情じゃないかとか、そんな思考が先に頭をよぎる。自分に自信がないわけじゃないけれど、完璧にこなせるとは思っていない。だから、電話の音にすら身構えてしまう。

登記の質問かクレームかそれとも営業か

「すみません、〇〇についてお聞きしたいのですが」なんて優しい声で始まっても、最後には「なんでこんなに時間かかるんですか」と詰め寄られることもある。逆に、よくわからない営業電話で時間を取られると、無性に腹が立つ。でも、怒りをどこにもぶつけられない。そういう日が何日も続くと、もう電話が鳴るだけでイライラしてしまう。やっぱり、声のコミュニケーションって難しい。

出るのが遅れると言われるのも地味にこたえる

「電話、出るのちょっと遅かったですよね?」なんて言われると、内心グサッとくる。こっちは手を動かしながら資料をめくっていたのに、その一瞬の遅れで「信用できない」と思われるのかと思うと、疲れる。瞬発力のない司法書士に価値はないのか、とすら思えてくる。そんなことで自信を失ってはいけないと分かっていても、やっぱり人の評価は気になる。真面目にやっていても、伝わらないことが多すぎる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。