朝の静寂を破った一本の電話
事務所に差し込む朝の光は、やけに眩しかった。そんなのんびりした朝を打ち砕くように、電話が鳴った。画面には見覚えのない市外局番が表示されている。
「あの、先日お送りいただいた謄本ですが、どうやらもう一つ存在するようでして」
受話器の向こうの声は、どこか怯えていた。謄本が二つ?そんなバカな。
サトウさんの冷静な一言
「偽造か二重登記か、それとも登記簿の管理ミスですね」
モニター越しに書類を確認していたサトウさんが、さも当然のように言った。彼女は、まるで火曜サスペンスの主人公のように淡々としている。
「とりあえず、送られてきた両方の写しを比較しましょう」
依頼人は顔色の悪い男だった
午後、やってきた依頼人は細身で、やけに汗をかいていた。手に持っていたのは、こちらが発行した謄本と、もう一枚、そっくりな別の謄本。
「どっちが本物かわからないんです。本当に…俺の土地なんでしょうか…」
確認するべく、二枚を並べて見比べる。その瞬間、俺は言葉を失った。
提出された謄本は…二つ
確かに、書式も印影も日付も一致している。だが、記載されている所有者の名前だけが違う。それ以外は、まったく同じ。
「これ、印鑑の部分、微妙にズレてますね」
サトウさんが拡大鏡を手にした。ズームされた角印の端が、不自然に濃かった。
登記簿の中に潜む違和感
法務局のオンラインデータを参照すると、現在の登記記録は我々が発行した内容と一致している。だが、旧履歴に妙な空白期間がある。
「この部分、期間が飛んでます。平成十九年の記録がない」
見逃しそうな差だが、登記の世界では死活問題だ。何かが意図的に消されている。
地番が一致しない小さなズレ
「見てください。こっち、地番の枝番が “5の1” じゃなくて “5の7”」
なるほど、そういうことか。地番の表記違いを利用した“すり替え”だ。詐欺師が古い謄本を複製し、土地の存在を偽装した可能性がある。
「これは、やっかいだな…」
やれやれ、、、嫌な予感しかしない
俺の胃がキリキリと鳴いた。謄本偽造なんて、サザエさんの世界なら波平が激怒して終わる話だが、現実は違う。警察に連絡すれば、事務所まで巻き込まれる。
「やれやれ、、、厄介な火種を拾ってしまった」
そう呟いた俺を、サトウさんが冷めた目で見ていた。
手帳のメモと旧住所のつながり
依頼人の持っていた古い手帳の片隅に、ひとつの住所が書かれていた。それは、登記簿には記載されていない過去の持ち主の旧住所だった。
その情報を元に、不動産取引記録を洗うと、不可解な売買が数件浮上した。
「この住所、裏で何かあるかもしれません」
地元の法務局での違和感
翌日、地元の法務局へと向かう。窓口の職員が最初は笑顔だったが、問題の地番を見せた瞬間、表情が凍りついた。
「ああ、その土地ですか…。ちょっと…別室で」
裏に通され、古い記録ファイルを確認することになった。そこで驚きの資料を見つける。
ファイル棚に挟まれた第三の紙
一枚だけ異質な紙が挟まれていた。そこには、登記原因として「遺贈」と書かれている。だが、その人物の名前は、どの謄本にも記載されていなかった。
「名前、見覚えありますよ」サトウさんがスマホで検索を始めた。
「3年前に死亡した地主です。遺言状も見つかってないとニュースになってました」
かつての所有者の名前を見つけて
結局のところ、偽造された謄本は、遺贈されたにも関わらず未登記だった土地を狙った犯罪の道具だった。登記簿に記録がなければ、法的な所有はないに等しい。
「つまり、完全にグレーゾーンってことですね」
「いや、真っ黒だ。ただ、証明できるかどうかはまた別問題だ」
二重登記の可能性をサトウさんが指摘
「第三者が間に入って二重売買してたら、完全に登記詐欺になりますね」
「これは、昔の司法書士がグルだった可能性もある」
ぞっとした。こういうのが明るみに出たら、司法書士の信頼が地に落ちる。
廃屋の現地調査で見たもの
最後の手がかりを求め、地番の土地を実地確認した。そこは木が生い茂り、ほとんど廃墟だった。だが、表札だけが真新しかった。
「シール剥がせば、下にもう一枚あるかもしれません」
剥がしてみると、そこには旧所有者の名前が彫られていた。
表札と実際の所有者が違う理由
「これ、あとから乗っ取ろうとしてたんですね」
「登記だけじゃなく、物理的な“証明”まで作ろうとしてたとは…」
サザエさんのマスオさんでも絶句するような仕込みだ。
司法書士会の記録と過去の訴訟
調べを進めるうちに、3年前に登録抹消された司法書士の名前が出てきた。しかも、その人物は過去に二重登記に関する訴訟で有罪判決を受けていた。
「どうやら、裏でグルだった不動産屋が、今でも活動してるらしいです」
「まるでルパン三世の一味みたいな連中だな」
判決文に出てくる“地元の名士”
さらに調査を進めると、その司法書士が支援を受けていた地元の名士の名前が浮かび上がった。彼の名前は、登記の一部にもこっそり記載されていた。
「これは……意図的な見逃しだ」
もはやこれは司法書士の枠を超えた陰謀だった。
偽造された謄本の出処
問題の偽謄本は、特定のコンビニの複合機から出力されていた。その機種は、ログが残るモデルだった。
「これで出力ログが取れれば、誰が印刷したかわかるかも」
機器の保守業者からログを入手し、該当の時間帯に出入りしていた人物が割り出された。
コピー機の型番が導く真実
なんと、コピーを出力したのは依頼人本人だった。彼は自分が狙われていると信じ込まされ、共犯にされていた。
「結局、犯人は別にいて、彼は道具にされたんですね」
真実を突き止めることができたが、後味は最悪だった。
決着の日と意外な犯人
主犯は、不動産ブローカーを装った男だった。過去に複数の登記を利用した詐欺で書類送検されていたが、司法書士とつながっていたことでうまく逃れていた。
今回の件も立件は難しかったが、不正登記の証拠が揃い、ようやく行政処分に持ち込まれた。
「これで一件落着ですね」と、サトウさんが言った。
登記を利用した静かな復讐
依頼人の父親が、かつて土地を騙し取られた過去があった。その恨みを晴らすため、息子はわざと偽謄本を作り、事件を表に出そうとしていた。
「人を信じた代償がこれですよ」
そう呟いた彼の目は、どこか遠くを見つめていた。
サトウさんの小さなため息
事務所に戻ると、サトウさんはコーヒーを一口すすってため息をついた。
「次はもっとまともな依頼がいいですね」
俺は椅子に身を沈めて、天井を見上げた。「やれやれ、、、それは俺も同感だ」