謄本が語る嘘
朝の電話と不機嫌な声
朝8時15分。いつものように事務所のポットでお湯を沸かしていたところに、電話が鳴った。
相手は初老の男性で、やけに語気が強い。
「ちょっと先生、ウチの登記、何かおかしいんだよ!」と一方的に捲し立てる声に、胃がキリキリと痛む。
サトウさんの冷たい視線
電話を切ったあと、サトウさんがじっとこちらを見ていた。
「また変な案件、引き受けるつもりですか?」とでも言いたげな視線だ。
こちらが「やれやれ、、、」とつぶやくと、無言で書類の山をこちらへスライドさせた。追い打ちである。
怪しい依頼人と登記相談
依頼人の氏名は「藤巻庄一」。古くからある商店街の一角にある物件の所有者を名乗っていた。
だが、彼が差し出した謄本には奇妙な点があった。所有者欄に見知らぬ名前が記載されていたのだ。
「私の土地なのに、誰だこれは?」と藤巻は怒鳴る。こちらの心臓もドクンと跳ねた。
一枚の謄本に潜む違和感
登記簿を読み込んでいくうちに、ある違和感に気づいた。
所有者の変更日が数年前のある日を境に変わっていたが、原因となる売買契約書がない。
つまり、この変更はおかしい。明らかに何かが抜け落ちている。
調査の始まりは市役所から
足を運んだのは市役所の固定資産課。
古い資料を漁っていくと、数年前に藤巻の家に郵送された納税通知書が宛先不明で戻ってきていた記録があった。
そのタイミングと、登記簿の名義変更が一致している。偶然か、それとも…。
旧所有者の失踪
さらに追跡すると、藤巻の前の登記名義人である「中村洋介」という人物が、数年前に突然姿を消していたことがわかった。
しかし住民票の転出記録も戸籍の死亡届もない。生きているのか、死んでいるのかさえ不明だ。
中村を名乗って登記を動かした人物がいたとすれば、それは明確な登記詐欺だ。
登記簿に刻まれた不可解な日付
細かく見ると、登記申請の受付日と実際の登記完了日が二日ずれている。
司法書士の立場からすればありえないタイムラグだ。通常、即日処理される類の登記である。
その間に何があったのか。そこに何か細工がされた可能性が浮かぶ。
古い名義と新しい名義の間
あるはずの売買契約書がないにも関わらず、登記は通っていた。
これは明らかに、登記官が何かしらの「別書面」を根拠に処理したということ。
サザエさんのような日常には、ありえない裏があったのだ。
司法書士シンドウの推理
これまでの材料を並べていくと、ある筋書きが見えてきた。
中村を装った人物が、藤巻の不在を利用し、書類を偽造して登記申請したのではないか。
なぜそれが可能だったのか——それは、関係者の中に協力者がいたからだ。
登記官の証言と改ざんの疑惑
旧知の登記官に電話を入れると、思いがけない返答が返ってきた。
「確かに、あの時の申請書類、ちょっと違和感があったんだ。でも署名も捺印も揃っててさ」
つまり、偽造書類が巧妙だったか、もしくは——誰かが見て見ぬふりをしたのだ。
サトウさんの決定的な一言
事務所に戻ると、サトウさんが無言でプリントアウトした紙を差し出した。
「中村洋介、今も藤巻さんの住所に住民票を置いたままです。だけど公共料金の使用履歴はゼロ」
これは——生きていない、あるいは偽名。決定打となる証拠だった。
名義変更の裏にいた人物
調査を進めると、別の不動産業者の関与が浮かび上がってきた。
中村洋介という名を使い回し、複数の物件で不正登記を繰り返していたグループがいたのだ。
その一人が、なんと登記官の遠縁にあたる人物だった。接点は、あった。
やれやれ、、、元野球部の直感
事務所のホワイトボードに書き出した人間関係図。
ふとした拍子に、野球部時代に見たサインプレーを思い出した。
「そうか、順番が逆だ。名義変更と住民票の移動、どっちが先かが鍵だったんだ」
真犯人の動機と偽りの相続
真犯人は、藤巻の遠縁を名乗る男だった。
彼は遺言書の偽造で不動産を乗っ取ろうとしていたのだ。
中村洋介も、その男が作った「偽の相続人」だったと分かった。
謄本が語った本当の物語
最初はただの印刷ミスだと思われた登記の謄本。
だがその中には、偽造・失踪・登記詐欺という真っ黒な物語が埋め込まれていた。
紙は嘘をつかないが、読む人間が鈍ければ、真実は永遠に埋もれてしまう。
依頼人の涙と帰り道の空
藤巻は、すべてを知って肩を落としていた。
だが涙を拭いて「ありがとう、先生」と頭を下げた。
帰り道、空を見上げると、夏の雲がいつもより高く見えた。やれやれ、、、また眠れない夜になりそうだ。