登記簿が見た夜の真実
あの夜の雨は、まるで誰かの後悔のように静かに、しかし確実に屋根を叩いていた。事務所の蛍光灯の下で、コーヒーが冷めていくのを見つめながら、ぼくはただじっと電話のベルを待っていた。
そしてその時、一本の電話が、全ての始まりを告げたのだった。
雨音と封筒と一本の電話
受話器越しの声は掠れていて、誰かを演じているように思えた。「古い登記簿について確認したいことがあるんです」そう言われた瞬間、背筋に小さな違和感が走った。
封筒には差出人の記載がなかった。差出人不明の封書なんて、普通なら怪しむべきだが、この世界ではそれが日常の顔をして届くのだから困ったものだ。
法務局に届いた謎の申請書
確認した申請書には、確かに問題があった。申請人の欄が空欄で、代理人の記載も不明瞭。なのに受付印だけがしっかりと押されている。これは、、、誰が出したんだ?
まるでコナンくんが現れて「これは怪しいですよ!」と指摘してきそうな展開だ。だが、ここにいるのは冴えない司法書士のぼくだけだ。
依頼人の名前はどこにもない
事務所に戻り、記載された物件情報を再確認した。登記簿はまっさらな顔をしてこちらを見ているが、そこには明らかに“何か”が隠されているような気がした。
名前がないということは、名乗れない事情があるということだ。闇の中から差し出された申請書のように。
真夜中の相談者
夜も更けてきた頃、事務所のチャイムが鳴った。こんな時間に誰が、と訝しみつつ扉を開けると、そこにはびしょ濡れの男が立っていた。目が合った瞬間、彼は一歩下がった。
「……すみません。ちょっと、登記について相談したくて……」男はどこかおどおどしていたが、目だけは何かを確かめるようにぎらついていた。
事務所に現れた男の挙動不審
彼が取り出した書類は、法務局に届いたものと同一だった。しかし、筆跡が微妙に違う。というよりも、あまりに似せようとして逆に不自然なほどだ。
まるで怪盗キッドが変装しきれなかったような、どこかに“本物”が透けて見えている感じがした。
「これは誰の土地なんですか?」
その男はぽつりと呟いた。「この土地……今は誰のものなんでしょうか?」と。その声には、懐かしさと罪悪感と、微かな恐怖が混ざっていた。
まるで、自分が知っていなければならない答えを、他人の口から聞きたがっているようだった。
サトウさんの推理が冴える
翌朝、サトウさんに状況を説明すると、彼女はコーヒーを飲みながら即座に言った。「筆跡が違うってことは、意図的に偽造されたってことですね。登記簿の記載との照合が必要です」
やれやれ、、、朝から冴えすぎてるな。ぼくの出番がなくなるじゃないか。
手書きの申請書に潜む違和感
申請書には不自然な修正痕がいくつかあった。訂正印のない書き換え、旧字体と新字体が混在している住所表記。そして、極めつけは署名欄の薄い鉛筆の下書き。
明らかに、誰かが「誰かになろう」とした痕跡だ。だが、それを許さないのが登記制度の厳しさだ。
登記済証が語るもう一つの物語
古い登記済証には、見覚えのある印鑑が押されていた。それは、数年前に失踪した地主・西田氏のものだった。しかし彼は、戸籍上も住民票上もすでに“存在しない”人間だ。
「亡くなった者の名で土地を動かす」そのことの意味を、司法書士であるぼくはよく知っている。
ぼくは元野球部
グラウンドの片隅で、泥だらけになりながら拾ったボールを思い出す。勝敗は最後の一手で決まる。今回も同じだ。
まだ試合は終わっていない。バットを振る前に、ボールの軌道を読むのが俺の仕事だ。
カーブの軌道のような証拠の裏取り
市役所で取得した筆跡照合資料と、古い謄本の写し。照らし合わせると、一つの“軌道”が見えてきた。嘘は小さな曲がりを伴って、真実を避けて記録されていた。
しかし、最後の決め手にはまだ欠けていた。
地番と家屋番号のわずかな違いに気づいて
ぼくは気づいた。申請された登記の地番と、登記済証にある家屋番号が一致していない。わずか一桁の差だが、登記の世界ではそれがすべてを変える。
そして、その差を知っていたのは、相談者ではなく別の人物だった。
あの夜何があったのか
夜の法務局。映像記録はなかったが、受付簿に残された筆跡と入館記録が一致していた。差出人はあの男ではなかった。むしろ彼は“巻き込まれた”側だったのだ。
「父の土地を騙して取られそうになった」それが、彼の本当の動機だった。
照合された筆跡と消された人物
真犯人は、相続を放棄したはずの異母兄だった。過去の書類を偽造し、西田氏の名で申請を行ったのだ。だが、地番の違いを見逃し、それがぼくたちを真実へと導いた。
登記簿は語らない。ただ、嘘を受け入れない。それだけが、ぼくたちの味方だった。
やれやれ、、、これはまた厄介だ
全てを報告書にまとめ終えたとき、サトウさんがため息をついた。「登記って、人間ドラマの箱ですね」
やれやれ、、、書類一枚で、ここまで面倒くさくなるとは。まるでサザエさんが魚屋に行くだけで事件を巻き起こすみたいな話だ。
結末の登記簿
最終的に登記は取り下げられ、土地は法定相続人へと適正に帰属した。相談者の男は、安堵の表情で「ありがとうございます」と一礼し、帰っていった。
冷めたコーヒーを口に運びながら、ぼくはぼそっと呟いた。「あの夜、登記簿が語ってくれなかったら、今ごろどうなっていたことか」
不在者財産管理人の真の狙い
調べの過程で、不在者財産管理人として立っていた人物が、兄の側の弁護士とつながっていたことが判明した。役職も登記も、使う人次第で武器にも凶器にもなる。
だからこそ、ぼくたちの役割は、静かに、しかし確かに「記録」の正しさを守ることなのだ。
真実を記録するのは紙だけじゃない
登記簿は紙だ。だが、それを正しく読む者がいなければ、ただの紙切れに過ぎない。真実を読み取るのは、記憶と感覚、そしてちょっとした勘だ。
ぼくは今日も、書類の山の中でその“違和感”を探している。