古びた謄本と一通の電話
朝一番の電話はたいてい厄介な依頼が多い。今日もその例に漏れず、旧家の相続について相談したいという声が受話器越しに響いた。 声の主は六十代と思しき女性で、父の代から所有している土地に関する登記簿に不可解な点があるという。 「誰も住んでいないはずの土地なのに、最近“名義が変わっている”と近所の人から言われた」と。
午前十時の静寂
事務所に静かな空気が流れる中、私はコーヒー片手にパソコンの前に座っていた。依頼人から送られてきた登記事項証明書の写しには、確かに奇妙な点があった。 所有権移転の記録があるにもかかわらず、その原因となる売買契約書や相続登記の痕跡が一切見当たらない。 まるで、見えない“何者か”がその土地を奪っていったかのように。
地番に浮かぶ違和感
問題の地番は、山間の廃村に近い場所にあった。地図上では存在するのに、現地には道すらないような土地だ。 登記上の地目は「山林」だが、かつては小さな民家が点在していたと聞く。 まるで、ゴルゴ13が隠れ家にしそうな場所だなと一人突っ込みながら、資料を整え始めた。
依頼人の消えた土地
私は法務局へ出向き、原始記録を取り寄せた。 すると、昭和47年に一度だけ名義変更された記録があったが、その後40年以上は動きがなかった。 ところが、令和5年に突然、知らない男の名前で所有権が移転されていた。
名前のない登記簿
その名義人には連絡先も住所も記載がない。調査嘱託の備考欄にも空欄が並び、まるで“存在しない人間”だった。 「これ、幽霊が登記したんじゃないですか?」と皮肉を込めてサトウさんが呟いたが、私は笑えなかった。 確かに、幽霊でも登記できるなら、日本の不動産制度は終わってる。
不在者財産管理の落とし穴
さらに調べていくと、5年前に不在者財産管理人が選任されていた記録が見つかった。 だが、その申立人の名前は“タニガワ ケンジ”——聞き覚えのある名前だった。 彼は、かつて私の事務所に訪れて「登記識別情報がどうしても再発行できない」と愚痴をこぼしていた男だ。
サトウさんの冷静な視線
「先生、そのタニガワって人、過去に詐欺で捕まってませんでしたっけ?」とサトウさんが言った。 調べてみると、確かに平成の終わり頃に“失踪者財産の横領未遂”で起訴されていた記録が出てきた。 “やれやれ、、、また妙な話に巻き込まれた”と思いながら、私は再び地番を確認した。
地番が語る過去の因縁
その土地は戦前、ある地主が隠し財産として購入したと噂されていたらしい。 登記簿には出てこない“裏名義”の存在が、地元では都市伝説のように囁かれていた。 サザエさんの波平が聞いたら「こらカツオ!」と怒鳴りそうな話である。
登記官とのやり取り
「この登記、怪しいですよ」と言うと、ベテランの登記官は小さく頷いた。 「実は私も、この登記には違和感があったんです。申請書に不自然な余白が多すぎる」と。 まるで、誰かが登記を“偽装”しようとしたかのように。
昭和の相続と令和の闇
私が手を入れ始めた相続関係説明図は、実に7代にわたる相続人で埋め尽くされていった。 誰もが「面倒だから放棄します」と言い、結果として財産管理人が“登記し放題”の状態だったのだ。 まさに、制度の盲点を突いたトリックである。
昔の地目が今を語る
地目が「山林」であることも、逆手に取られていた。実際にはもう木すら残っていない空地なのに、誰も興味を示さなかったのだ。 まさに「猫の手も借りたい司法書士」としての私には、その空き地が妙に不気味に見えた。 まるで、何かを待っているような沈黙。
隠された所有権移転の理由
調査の結果、タニガワは他人の戸籍を使って“別人”を作り上げ、所有権移転登記をしていたことが判明した。 しかも、その土地を担保にノンバンクから借り入れを起こしていた。 まさに、亡霊が金を引き出すために仕組んだ“地番の亡霊劇”だった。
亡霊と呼ばれた名義人
事件が明るみに出ると、タニガワは姿を消した。 警察も捜索を開始したが、「本物の亡霊になったのでは」と噂された。 しかし実際には、遠方の温泉街で“別名義”で宿泊していたところを逮捕された。
空き家に残された証拠
彼の隠れ家には、旧姓や偽造した印鑑、そして登記識別情報の控えが大量に残されていた。 中には、私の事務所の古い資料も含まれており、サトウさんが「情報漏洩じゃないですか」とつぶやいた。 「え、俺?いや、違うと思うけど……」と答えるのが精一杯だった。
紙の中の告発
タニガワの机には、一枚のメモが残されていた。「登記簿の外に真実はない」と書かれていた。 それはまるで、亡霊の遺言のようだった。 紙一枚で人を騙し、土地を奪い、消える。登記の世界には、確かにそんな闇が潜んでいる。
やれやれ、、、また妙な話に巻き込まれた
事件が終わり、依頼人には元の名義へと所有権を戻す登記を完了した。 ただ、今回のような“地番の亡霊”は、きっと他にも存在しているのだろう。 「シンドウ先生って、幽霊にも対応できるんですね」とサトウさんが言った。苦笑いするしかなかった。
実印が語る最後の真実
地味な印鑑。でもその一押しが、すべての決着をつけた。 相続人の一人が「これは父の印影ではない」と証言したことで、偽造が発覚したのだ。 偽造印は、百均の印鑑を削って作られていた。
思いがけない犯人
逮捕されたタニガワは、昔司法書士試験に落ちたことを根に持っていたらしい。 「資格は取れなかったけど、知識では勝っていた」と語ったその顔には、憐れみすら感じた。 だが、それで人を騙していい理由にはならない。
解決とその代償
手続きはすべて完了し、土地は元通りになった。 だが、亡霊が残した“痕跡”は簡単には消えない。私はその土地に足を運び、静かに一礼した。 司法書士として、そして一人の人間として、何かを見送るような気がした。
土地の行方と遺志の継承
依頼人はその土地を“自然保護団体”に寄付することに決めた。 「父もそれを望んでいたと思う」と語る顔は、どこか晴れやかだった。 あの地番が、ようやく安らかに眠ることができるのだ。
静かに閉じる登記簿
法務局で登記を完了し、事務所へ戻ると、サトウさんが新しい依頼書を机に置いた。 「次は、古い納屋と猫屋敷の共有物分割事件です」 やれやれ、、、この仕事に“終わり”という文字はないらしい。