筆界と遺体のあいだに

筆界と遺体のあいだに

朝の電話は境界を越えて

サトウさんの塩対応が今日も冴える

「お電話です。境界でもめてるらしいです」サトウさんは顔を上げずに言った。今日も彼女の声は平坦だ。眠気まなこで受話器を取ると、相手は近隣の地権者らしく、地図の線が違うと訴えている。やれやれ、、、また面倒ごとか。

境界トラブルと一枚の地積測量図

郵送で届いた測量図には、確かに筆界未定と朱書きがあった。なんともはっきりしない。現場で立ち会えばすぐ片付くだろうと思ったが、そんな楽な話ではなさそうだった。

崖の上の立会い

隣地所有者が語らない理由

現地には、依頼人の他に隣地の所有者も立ち会っていた。だがその男は妙に口が重く、視線は崖下の一点を見つめていた。まるでそこに何かがあるかのように。

杭はあるのに線がない

古い杭がひとつ、傾きながらも残っていた。しかし、その杭と杭の間を結ぶ線がない。公図では筆界未定となっており、法務局の見解も曖昧だ。地面の下に何があるのか、不気味な予感がした。

古井戸の下に眠るもの

測量士の不在と謎の空白地帯

以前この土地を測量したという業者に連絡をとるが、連絡がつかない。さらに調べると、その測量士は数年前に失踪していた。測量図の一部には空白が残されており、そこに記された印だけが奇妙に浮かび上がっていた。

やれやれ、、、またかと思いつつ現地へ

「また泥に足突っ込む羽目になるんじゃないですか」サトウさんはため息交じりに言った。現地に向かう途中、長靴を忘れたことに気づき、コンビニで急遽買ったビニール靴がやけに歩きにくい。やれやれ、、、つくづく俺は司法書士に向いてない。

境界を知る者

役所で見つけたひとつの供述調書

市役所の保管文書から、30年前の筆界立会いに関する供述調書が見つかった。そこには、隣地所有者の父親が立ち会いを拒否した記録があった。何かを隠していたのかもしれない。

隣人トラブルが始まった年

供述調書の日付と、地元新聞の古い記事を照合すると、ある失踪事件の年と一致した。失踪者は測量士の助手だったという記載に、背筋が凍る。境界と事件は無関係ではない。

座標のずれと証言の食い違い

サザエさんの家ならこうはならない

「サザエさんちならこんな揉め事起きませんよ。あそこは町内みんなで草むしりしてるし」サトウさんの毒が少し和らぐ。たしかにこの土地の人間関係は冷えきっていて、誰もが互いを疑っている。

探偵漫画では真ん中に死体があるのに

崖下に目をやると、まるで“その場所”を指すように雑草が禿げていた。探偵漫画ならここに死体があるところだろう、と呟いた瞬間、土の中から何かが見えた。

筆界未定地から現れたもの

土中から出てきた異物と一片の布

現地の作業員が掘り起こしたのは、古びたスコップと腐敗しかけた布切れだった。その布には、測量会社のロゴがかすかに残っていた。あの失踪した助手のものなのか。

測量図に載らないものの重さ

筆界未定地とは、行政上の無関心の象徴かもしれない。しかしそこには、人の歴史と死が埋まっていた。線一本が人の運命を分けることを、私は改めて痛感した。

真犯人は境界を越えていた

地図に残された不在者の痕跡

現地の古い地図に、かすかな訂正跡があった。誰かが意図的に筆界を曖昧にしたのだ。所有者の変更届が出されていない名義も見つかり、そこに犯人の足跡が残っていた。

隣地名義人が語り始めた過去

「あの時、父は何かを隠していた。俺もずっと見て見ぬふりをしてきたんだ」ようやく隣地の息子が口を開いた。死体が出たことで、彼の中の境界も崩れたのだろう。

サトウさんの推理と塩対応

犯人の動機は筆界にあらず

「結局、動機は恨みですね。境界は口実です」サトウさんはパソコンを打ちながら言った。彼女は既に登記簿の訂正案を作っていた。思考も打鍵も迷いがない。

証拠は土地にではなく言葉にあった

決め手は、昔の供述調書にあった「線を引くと消えるものもある」という曖昧な一文だった。言葉の裏にこそ、真実は宿る。それを読める人間がいれば、事件は防げたのかもしれない。

司法書士の小さな勝利

登記簿は語らないが正義は語る

書類を提出し終えた帰り道、登記簿に新しい筆界が記されたことを思い出す。死体は供養され、土地は整理された。司法書士としては、ひとつの勝利だ。

うっかりが功を奏する日もある

帰りのバスでふと気づいた。俺、今日も印鑑忘れてたな、、、でもあの現場で必要だったのは、印鑑じゃなくて足と耳だったんだろう。うっかりも、たまには役に立つ。

そしてまた境界線に立つ

真実は一つではなく二本の線

登記上の線と、人が信じる線。それが一致することは稀かもしれない。けれど、どちらも誰かにとっての現実なのだ。線を引くことは、誰かを守ることでもある。

今日もひとりと一人で事務所は回る

「明日は農地転用ですね」サトウさんは淡々とスケジュールを読み上げる。「、、、やれやれ」私は今日も、境界線のように引かれた机に向き合う。だが少しだけ、昨日より胸を張って。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓