「仕事ばっかりだね」と言われた夜の沈黙
先日、久しぶりに実家に電話をしたとき、母にぽつりと「たまには休んだら?仕事ばっかりじゃない」と言われた。口調は柔らかかったが、その言葉がやけに胸に刺さった。俺は45歳、独身、地方で司法書士事務所を一人で回している。事務員の女性が一人いてくれるが、責任の重さは常に自分にのしかかる。そんな状況で、気づけば休日も返上して働くのが当たり前になっていた。母の言葉に、返す言葉が見つからず、ただ「まあね」と笑ってごまかした。
親の言葉に返せなかった理由
本当はもっといろいろ言いたかった。でも、言えば言うほど情けなくなりそうで、言葉を飲み込んだ。親は心配してくれているだけなのはわかっている。俺が倒れたらどうするんだ、そんな思いから出た一言だというのも、わかっているつもりだ。それでも、どうしても素直になれない自分がいる。働かないと不安なのだ。案件が止まれば収入も止まる。そんな恐怖がずっと背後にある。
言い返す気力もないほど疲れていた
その夜、風呂上がりに鏡を見たら、白髪がひときわ目立っていた。最近、疲れが全然抜けない。肩は重く、目の奥がずっと痛い。事務所にいないときも、頭の中では書類のことがぐるぐるしている。そんな状態では、親の優しい一言さえ、どこか遠くから聞こえる雑音のように感じてしまうことがある。余裕がない、ただそれだけだ。
責めているわけじゃないのは分かっている
親の言葉は、決して責めるようなものではなかった。でも、俺の心の中では「また責められた」という被害妄想が働いてしまう。自分が選んだ仕事、自分が進んでこの道に入った。だからこそ「休みなよ」と言われると、「だったら代わってくれよ」と、つい心の中で叫んでしまう。誰にも頼れない、そんな現実に余計に突き放されるようで、苦しかった。
本当は少しだけ、認めてほしかっただけ
誰かに「頑張ってるね」と言われるだけで、人は救われることがある。母の一言が、労いではなく心配に聞こえたのは、俺の心が枯れていたからだろう。本音を言えば、「よく頑張ってるね」と言ってほしかった。それだけで、少しでも報われる気がしたかもしれない。でも、そんなの甘えだと、自分に言い聞かせる毎日が続いている。
ただ「頑張ってるね」の一言が欲しかった
「頑張ってるね」と言われることが、こんなにも貴重だとは、開業当初には思っていなかった。書類とパソコンとにらめっこしながら、ひとりごとのように「俺、よくやってるよな」とつぶやいてみても、空しいだけだ。誰かの言葉が、自分を支えてくれることって、本当にあるんだなと思う。だけど、そういう言葉を待つことさえ、今の自分には贅沢に思える。
司法書士という仕事の「見えない忙しさ」
外から見れば、司法書士の仕事は地味で静かなものに見えるかもしれない。机に向かって黙々と書類を作成し、時折法務局に出向くだけ。そう思われることも多い。でも実際の業務は、予測不能なトラブル対応と、瞬時の判断を求められる連続だ。予定通りに終わる日なんて、ほとんどない。
外から見れば、座ってるだけに見える仕事
依頼者の前では落ち着いているように見えるかもしれない。でも、その裏では「登記情報は合ってるか?」「添付書類に漏れはないか?」「期日までに完了できるか?」と不安の波が何重にも押し寄せている。電話一本、FAX一枚で状況がひっくり返ることだってある。それでも黙って笑って「大丈夫ですよ」と答えるのが、この仕事だ。
でも実際は、脳内フル回転と目まぐるしい電話
事務所には静寂がある。でも、その中で頭の中は常に稼働しっぱなしだ。計算、チェック、確認の繰り返し。加えて、突然の電話や訪問でリズムが崩れ、集中力はボロボロになる。そんな状態でも、登記ミスは許されない。緊張の糸は、朝から夜まで張り詰めたままだ。
急な変更、漏れのない確認、責任の連続
「変更があって…」という電話一本で、すべてをやり直さなければならないこともある。しかも、それは決して依頼者のせいではない。制度も流れも変わる。情報が古ければ致命的なミスになる。責任はすべてこちらに来る。それがわかっているからこそ、気が抜けない。だから休めない。だから、また「仕事ばっかり」になってしまう。
「仕事ばっかり」でも、仕事しかない
プライベートと言える時間は、もはや存在しない。友人とは疎遠、恋人もいない。食事もコンビニか弁当屋。SNSに映えるような暮らしは、とうの昔に諦めた。それでも仕事をしているときが、唯一自分が役に立っていると感じられる時間だ。だから、今日もまた、机に向かっている。
プライベートがないことを笑いに変える余裕もない
昔は「一人のほうが気楽でいいよ」と言っていたが、最近ではその言葉も虚しいだけだ。何をしても、誰にも見られていない。誰かと笑い合う時間もない。そんな生活に、慣れすぎてしまった。笑いに変えようにも、そもそもネタがない。ただの孤独な現実だけが、ここにある。
モテもしないし、誰かに愚痴る場もない
婚活をしようにも、平日の夜は全部仕事。土日も不安で休めない。出会いのきっかけなんて、どこにもない。人に会えば、つい愚痴がこぼれてしまいそうで、かえって避けてしまう。そんな自分がまた嫌になる。だけど、どこに行っても「余裕がある人」しかモテないのは、分かっている。
孤独を抱えながらも、今日も書類と向き合う
誰に見られるわけでもなく、誰に褒められるわけでもなく、それでも今日も書類と向き合っている。この書類が、誰かの人生を支えるものであることは分かっている。だから、やめられない。だから、休めない。親の「仕事ばっかりね」の言葉が、今も耳に残っている。それでも、俺は明日もまた、仕事を選んでしまう。