完了予定日の朝は、いつもより慎重に動く
登記の完了予定日というのは、我々司法書士にとって「ゴールテープ」のようなものだ。依頼人の期待、関係者の段取り、そして自分たちの達成感。すべてがそこに向かって整えられていく。だからこそ、完了予定日はちょっとだけ緊張する。特に地方の事務所では、登記が滞るとすぐに信頼に影響が出かねない。そんな日の朝は、なんとも言えない気配がある。
「今日で一区切り」…そんな日に限って何かが起こる
あの日も、朝から「よし、今日は3件まとめて終わらせよう」と意気込んでいた。すでに登記申請は数日前に出していて、あとは完了通知を待つだけ。お客さんに電話して、「今日中には完了報告できますからね」と自信たっぷりに伝えたばかりだった。
予定表には完了予定がズラリ
ホワイトボードには「完了予定:甲土地、乙建物、丙マンション」と手書きで大きく書いてあった。事務員さんとも「昼過ぎには出せそうですね」と雑談しながら、他の仕事の段取りを始めていた。なんなら夕方には、ちょっと一息つけるかも…なんて淡い期待さえあった。
事務員にも「今日はバタつくから」と声をかけていた
いつも通り、朝礼代わりに「今日は登記完了の電話が多いから、他の対応は後回しでいいよ」と指示を出した。こういう小さな気遣いも、忙しい現場では意外と重要だったりする。事務員も頷きながら、書類を仕分けてくれていた。
午前9時、いつも通りオンライン申請にアクセス
PCの前に座って、まず最初に確認するのは「登記・供託オンライン申請システム」。毎日使っているから、動作の微妙な違いにも気付くようになっている。あの日も、何気なくアクセスしたつもりだった。
画面が開かない…まさかの違和感
「あれ…?」。何度クリックしても画面が真っ白のまま。最初は回線の不具合かと思って、Wi-Fiルーターを再起動。でも、うんともすんとも言わない。「こりゃ嫌な予感がするな」と、胸の奥がざわついた。
「まさかね」と思いながら何度もリロード
まるで祈るような気持ちで、何度もリロードを繰り返した。「今日はこの日しかないんだぞ」とパソコンに向かって心の中で呟きながら。けれども、状況は変わらない。もう、この時点で全身から嫌な汗が出てきた。
システム障害、公式発表を待つしかない無力感
司法書士という職業は、ある意味「コントロールの効かないリスク」に弱い職業だ。法務局の判断ひとつ、システムの動作ひとつで、一日の仕事がまるごと飛んでしまう。まさにあの日、それを思い知らされた。
登記・供託オンライン申請システムが沈黙
確認すると、他の事務所の先生方も「繋がらない」とX(旧Twitter)で呟いていた。つまり、これは自分のネット環境の問題じゃない。法務省の側に何かが起きている。焦りが一気に現実になる瞬間だった。
法務省の障害情報ページを何度も確認
いつもの障害情報ページを開くと、「ただいま、オンライン申請システムに障害が発生しております」の文字が…。ああ、やっぱり。こうなると、こちらにはもう何もできない。ただ待つしかない。
「こちらではどうにもならない」という現実
仕事をしていて一番しんどいのは、「頑張れば何とかなる」ではなく、「どうやっても無理」という状況だ。お客さんに謝っても、結局「予定は守れなかった」の一点で信用が少しずつ削られていく。
完了予定を信じている依頼人たちの存在
10時前から電話が鳴り出す。「今日、完了の予定ですよね?」「まだ連絡ないんですが…」。言い訳はしたくないけど、状況を伝えるしかない。システム障害の話をしても、相手には通じづらい。
午前中に「登記終わりましたか?」の電話
「もう終わってると思って、引渡し準備しちゃってるんですけど」そんな言葉に、内心ヒヤリとする。無理にでも「大丈夫です」とは言えない。ここは、誠実に、でも慎重に説明するしかない。
謝るしかないこの無念さ
何度も「」「こちらでも確認できず…」と伝えるたび、言葉がどんどん薄っぺらくなるような感覚になる。本当は自分が一番悔しいのに、その悔しさすら伝える場所がない。
止まった案件、積み上がるストレス
登記が完了しないことで、連鎖的に止まっていく事柄は多い。ローンの実行、売買代金の振込、鍵の引渡し…たった一つの障害で、関係者全員のスケジュールが狂っていく。
登記が完了しないと動けないことは多い
特に住宅ローン絡みの案件では、完了確認が取れないと銀行も動けない。依頼人だけでなく、不動産業者、司法書士、銀行員…みんなが焦りだす。
銀行との連携も、司法書士側の責任にされがち
「まだ登記できてないみたいですけど?」と銀行から電話が入ると、どうしても「こちらのミス」と見なされがち。でも、実際はシステムの問題。だけど、そんなの言い訳にしか聞こえないのが現実だ。
お客様には言えない「内部の混乱」
表向きは冷静に説明しているつもりでも、内心はパニック寸前。事務員も次第に無口になっていき、事務所全体が妙な緊張感に包まれる。
完了予定の予定が未定になる恐怖
「完了予定日」という目安が、こうも簡単に崩れるのかというショック。「予定は未定」だなんて軽く言える話じゃない。信頼を預かる者としての責任の重みが、ずしりと圧しかかる。
事務員にも負担と不安がのしかかる
「どうしましょうか…」「いつまで待てば…」という事務員の言葉に、答えられない自分が情けない。こういうときこそ冷静でいたいのに、余裕が消えていく。
司法書士としてできることはあるのか
トラブルに見舞われたとき、司法書士として何ができるのか? 無力感に包まれながらも、考えたのは「いかに信頼を繋ぎ止めるか」だった。
手続の遅延についてどう伝えるべきか
結局、誠実に、早めに、正直に伝えるしかない。それが一番リスクは小さい。けれど、言葉の選び方ひとつで相手の反応が変わるのも事実だ。
黙っていても後で困る、早めの説明が鍵
「障害が起きていて、完了がいつになるか未定です」と先に伝えておけば、相手も心の準備ができる。後になって「聞いてなかった」と言われる方がよほど怖い。
あらかじめ「予定は予定」と伝える難しさ
最初から「完了予定日は前後する可能性があります」と言っておけば、トラブル時のダメージは減る。でも、それを言うと「この人、大丈夫かな」と思われそうで…現場は難しい。
期待を持たせすぎない言葉選び
「大丈夫です」と安請け合いせず、「予定です」と言い続ける勇気。これが意外と難しい。つい「何とかします」と言いたくなるのが人情だから。
今回のトラブルで得た教訓
システム障害は不可抗力。でも、それを見越した動き方や、リスクの伝え方は工夫できる。今回の一件で、自分も少しだけ成長できたかもしれない。
「トラブル前提」でスケジュールを組む
完了予定日に引渡しなどが重ならないよう、1日2日の余裕を見てスケジューリングする。トラブルを「例外」にしないことが、心の安定にもつながる。
余裕を持った完了日を設定するよう心がける
たとえ余裕があっても、それを依頼人に伝えるかどうかは別問題。こっそり「安全マージン」を取ることも、実務の知恵かもしれない。
バックアップ体制と、心の余裕の準備
トラブル発生時のチェックリスト、事務員との共有メモ、想定問答集など、「今は冷静なとき」に作っておく準備が、いざという時に役立つ。
精神的な「障害対応モード」を持つ大切さ
いつ起きるかわからない障害に慌てないためにも、「起きたらこう動く」と決めておくこと。備えがあるだけで、気持ちがずいぶん違う。
最後に思うこと:僕たちは「完了できて当たり前」の世界に生きている
登記というのは、地味だけど絶対に間違えられない仕事だ。だからこそ、「完了して当然」というプレッシャーは、日常の一部になっている。
その当たり前が崩れたとき、誰がその責任を負うのか
障害が起きても、誰かのせいにするわけにはいかない。最終的には「司法書士がどう説明するか」が問われる。重たい現実だ。でも、それがこの仕事なんだ。
無力さを抱えて、それでも前を向くしかない
できない日もある。でも、できることを積み重ねていくしかない。次の完了予定日には、ちゃんと「終わりましたよ」と言えるように。