公証役場の待ち時間が、いちばん心が落ち着く時間になってしまった話

公証役場の静けさが、今の自分にはちょうどいい

地方で司法書士をしていると、日々の業務に追われて自分の時間なんてほとんどありません。朝から電話は鳴るし、相談者は時間通りに来ないし、書類は山積み。そんな中、公証役場での待ち時間だけが、妙に心が休まる瞬間だったりします。あの独特の静けさと空気の重さすら、いまの私にはちょうどいい。誰にも話しかけられず、ただ呼ばれるのを待つだけ。その無音が、たまらなくありがたいんです。

人の気配が少ない場所が、妙に落ち着く

事務所では常に誰かと話しているか、電話が鳴っているかで、ほんとうの意味で「静か」な時間なんてありません。公証役場に行くと、ほとんど誰も話しておらず、空気が止まったような感覚になります。昔はその静けさが苦手でしたが、今ではそれが心地よく感じられるようになってきました。もしかしたら、自分の心のノイズを抑えたいという無意識の表れなのかもしれません。

声を出さなくてもいい空間がありがたい

「あ、はい、そうですね……」「確認します」そんな言葉を一日に何度言ってるだろうと、ふと気づくことがあります。声を出すのも仕事のうちですが、それが何時間も続くと、気力がどんどん奪われていきます。公証役場で何もしゃべらず、ただじっと座っていられることが、どれほどありがたいか。まるで自分が“存在しているだけで許される”ような気がしてくるんです。

なにも進まない時間が、救いになるときもある

司法書士という仕事は、「次」「次」と常に前へ前へと進まなければいけない職業です。でも、公証役場では違います。こちらの都合ではなく、向こうのペースで進む。つまり、「止まっている」ことが当たり前の空間。最初はそれがもどかしかったけれど、最近は“止まれる時間”がむしろ救いになっています。止まっていいって、こんなに楽だったんだなと思わされます。

「ただ待ってるだけ」が許されるありがたさ

普段は、何かをしていないと不安になる性格です。事務所にいても、じっとしていれば「何か見落としてないか？」とそわそわしてしまう。でも、公証役場では“ただ待ってるだけ”が正解。それが許される空間って、今の世の中ではなかなかありません。仕事が進んでいないのに、なぜか安心できる。あの場所では、自分が少しだけ“人間”に戻れるような気がするのです。

誰にも急かされない、それだけで救われる日

仕事の電話、LINE、メール、郵便、突然の訪問客……急かされない日なんてないと思っていました。でも、公証役場の椅子に座っていると、誰にも急かされない。スマホの通知も、音を切ってしまえば気にならない。あの空白の時間が、自分の心を静かに整えてくれるのを感じます。「あと5分待たされたいな」なんて思ってしまうのは、よほど心が疲れている証拠でしょうか。

タイムロスではなく、心のバッファ時間

「時間をムダにしてしまった」と思うことが多い私にとって、公証役場での待ち時間は例外です。あれはタイムロスではなく、自分の心に“余白”をつくるバッファ時間。誰かが意図的に用意してくれたような、優しさに包まれた空間。帰りの車の中で、「あの時間があってよかったな」と思える。そんな時間って、案外ほかにはないのです。

現場と電話と人間対応に疲れている

司法書士という仕事は、一見デスクワークに見えて、実は人間対応の連続です。書類の山だけでなく、人の感情や不安、時には怒りまで抱えながら動いていく。誰かの人生の一部に関わる仕事だという責任感はあるものの、正直、しんどいなと思う日も少なくありません。無機質な待合室が恋しくなるのは、感情に振り回されすぎて疲れた証かもしれません。

司法書士の仕事は「人の事情」に寄り添いすぎる

相続、離婚、認知、借金、登記……どれも人の生活に深く関わる手続きです。だからこそ、「手続きだけ」では済まない。泣かれることもあれば、愚痴を聞かされることもある。話を聞くのも仕事のうち。でも、こちらも人間なので、蓄積されていく感情疲労は否めません。淡々と処理だけしていたい、と思ってしまう日は、正直あります。

優しさだけでは回らない現実

「先生が優しくてよかった」と言われることもあるけれど、それが逆に自分の首を絞めていることに気づく瞬間があります。期待されると、無理してでも応えようとしてしまう。そして疲弊する。優しさだけでは仕事は回らない。効率とか、線引きとか、そういう冷たさも必要。でもそれができない。だから余計にしんどい。そんなジレンマの中で生きています。

感情労働にやられる日もある

ある日、突然怒鳴られたことがあります。登記が思ったより時間がかかるというだけで。理不尽だけど、こちらは黙って耐えるしかない。ああ、また一つ何かが削れたな、と思いました。仕事で感情をぶつけられるたび、自分の心が少しずつすり減っていくのを感じる。でも、それを「当たり前」と受け入れてしまっている自分も、正直怖いです。

公証役場という不思議な“逃げ場”

公証役場に行くのが好きだなんて言うと、同業者には「変わってるな」と笑われることもあります。でも、あの空間が自分にはちょうどいい。音も少なく、人も少なく、誰も干渉してこない。逃げ場って、意外とこんなところにあるんだなと気づかされます。自分の感情を置き去りにしてきたからこそ、静かな場所にいると“自分”が戻ってくるような気がするんです。

他人の都合で止まることの気楽さ

公証役場での待ち時間は、自分ではどうしようもない時間です。他人の都合で止まっている。つまり、「自分が悪いわけじゃない」状態。それが、なぜかものすごく楽なんです。責任感に押しつぶされそうな日々の中で、誰かの都合に身を委ねるというのは、ある種の癒しなんだと思います。自分の意思じゃなくても止まっていい。そんな時間があってもいいですよね。

自分の責任じゃないことで、堂々と止まれる

何かが遅れると、つい「自分のせいじゃないか」と考えてしまう性分です。でも、公証役場の待ち時間だけは違う。こちらに何の責任もない。むしろ、呼ばれるまでは動いてはいけない時間。その制限すら心地よく感じます。堂々と手を止められる。それだけで、どれだけ肩の荷が降りることか。

「遅れてすみません」と言える安心感

仕事で誰かに「遅れてすみません」と言われることはよくあります。でも、自分がその立場になることは少ない。だから、公証役場で「ああ、遅れてるな。すみません」と言えるだけで、なぜかホッとする。不思議ですが、謝れる場所って心が軽くなるんですよね。謝ることで、少しだけ人間らしく戻れるのかもしれません。

忙しさの中に、静かな逃げ場所を見つけて

仕事はこれからも続いていくでしょう。独立している限り、すべての責任は自分にある。でも、だからこそ「止まっていい場所」「止まっていい時間」を、自分なりに確保していく必要があると感じています。私にとってのそれが、公証役場の待ち時間だった。それは偶然かもしれないけれど、意識的にそういう場所を見つけておくのは、生きていくうえでの“保険”のようなものです。

心のリセットは、意外とこんなところにある

高級ホテルでも、温泉でも、旅先でもなく、たった15分の公証役場の待ち時間が、私にとっては一番のリセットになっている。自分でも驚きます。でもそれでいい。誰にも言わなくていい、自分だけの回復スポット。それがあるというだけで、また次の日もなんとかやっていける気がします。

スケジュールの中に“無”を差し込む習慣

手帳を見てみると、びっしりと予定が詰まっていて、ぎゅうぎゅうに押し込められた人生のように見えるときがあります。そこに、意識的に“無”の時間を挟むようになりました。「移動」「待ち時間」「何もできない時間」。それを予定に入れることで、自分が崩れ落ちるのを防いでいます。無駄のように見えて、いちばん必要な時間かもしれません。

誰かのための時間から、少しだけ自分のための時間へ

司法書士という仕事は、誰かのための仕事です。それにやりがいはありますが、すべてが“誰かのため”だと、自分が空っぽになってしまうこともある。だからこそ、公証役場の静かな15分は、自分のための時間。コーヒーも飲まず、スマホも見ず、ただ「無」でいる。そんな時間が、私にとってのささやかな救いになっています。