気づかぬうちに支えられてた――事務員さんのさりげない優しさに救われた日

独りきりのつもりだった司法書士業

この仕事を始めてから、どこかで「全部一人でやらなきゃいけない」と思い込んでいた。田舎の小さな司法書士事務所、スタッフは事務員さん一人。責任はすべて自分に降りかかる。だからこそ、人に頼るのが怖くて、甘えるのが下手で、いつも心が張りつめていた。失敗できないプレッシャー、終わらない書類の山。毎朝出勤するたび、「今日こそ詰むかもな」と思っていた。

全部自分で背負うしかないと思っていた

開業して数年、右も左もわからずに突っ走ってきた。依頼が来るのはありがたい。でも件数が増えれば増えるほど、責任と確認作業も膨大になっていく。補正通知が来れば夜中に一人で書類を見返して、ミスを見つけて自分に腹を立てる。事務員さんがいても、所詮は補助。自分が全部見なきゃ終わらないと思っていた。だから些細なことでも「なんでできてないんだ」とイライラしていた。今思えば、自分の首を自分で締めていたようなものだ。

ミスしたら全部自分の責任

この仕事、どれだけ人が協力してくれても、ミスしたら最終的に責任を取るのは自分。それが怖かった。だから他人を信用しきれず、「自分でやるしかない」と抱え込む癖がついていた。書類の不備、期日の遅れ、電話の聞き間違い。どれも命取りになる可能性があるから、他人の行動にビクビクしていた。でも本当は、自分が完璧じゃないことを誰よりも自分が知っていたから、怖かったんだと思う。

だから人に頼ることが怖かった

「お願いして失敗されたらどうしよう」じゃなくて、「お願いして失敗させたらどうしよう」という気持ちだった。他人に任せて、それで問題が起きたら、「やっぱり任せるべきじゃなかった」と自分を責めることになる。だから結局、全部自分で抱え込むようになった。でもそれがどれだけ非効率で、事務員さんを信用してないという態度に映っていたか、当時の自分はわかっていなかった。

気がつけば、事務員さんがそっとフォローしていた

忙しさにかまけて、自分以外の誰かの気遣いに気づく余裕なんてなかった。でもある日、ふと気がついた。「あれ、この資料、誰が揃えたんだ？」と。明らかに自分じゃない。事務員さんが、何も言わずに補ってくれていた。こちらの機嫌を損ねないように、黙ってさりげなく。恥ずかしい話だが、その時初めて「この人に支えられてたんだ」と思った。

何も言わず、足りない書類を揃えてくれる

依頼人から提出された住民票に不備があったとき、以前なら「また取り直してもらうか」と思っていた。でもその日、何気なく机にあった封筒には、正しい書類が揃っていた。聞けば、事務員さんが前もって先方に確認していたらしい。しかも「先生、間違ってるかもと思って…」と気まずそうに話す。私が気づいていないうちに、何度もこういう場面があったのかもしれない。情けないやら、ありがたいやら。

焦る気持ちを汲んで、笑顔でお茶を出してくれる

ある朝、大口の登記の締切が迫っていて、焦って手が震えていた。パソコンの前で書類とにらめっこしていた時、ふと机に湯気の立ったお茶が置かれていた。誰もいない。事務員さんが、そっと置いてくれていたのだろう。たったそれだけのことなのに、心がじんわりとほどけて、泣きそうになった。大げさだけど、その一杯のお茶がなければ、その日はどうなっていたかわからない。

ありがとうと言えなかったあの日の後悔

その時も、結局「ありがとう」の一言が出てこなかった。「あ、うん」みたいな曖昧な反応しかできなかった。照れくささやら、情けなさやら、色々混ざって言葉にならなかった。でも内心は、心の底から感謝していた。ただ、それを口にするのが下手なだけだった。あのとき、ちゃんと伝えられていたら、もっといい関係が築けていたかもしれないと、今でも少しだけ後悔している。

支えられていたのは、書類の整理だけじゃなかった

業務的なサポートだけではなく、精神的な支えになってくれていたことに、ずっと後から気づいた。私は自分の中で「誰にも頼らない」キャラを作っていたけれど、それを崩さずにそっと支えてくれる人がすぐそばにいた。事務員さんの存在は、いわば事務所の空気清浄機のようなもの。目に見えないけれど、確実に空気を整えてくれていた。

心が折れそうな朝、先に暖房をつけてくれていた

冬の朝、事務所の鍵を開けると、すでに部屋が暖かい。時間を見ると、始業前よりかなり早い。事務員さんが先に来て、暖房を入れてくれていたのだろう。そんなこと、何度もあった。でも当時の私は、それを当然のように受け止めていた。心が折れそうな日に、ぬくもりのある部屋に救われたことを、言葉にすることすらしていなかった。

無言の優しさに、こちらが救われていた

「先生、疲れてますよ」なんて言わずに、ただ静かに、仕事のペースを調整してくれる。電話の応対を少し多めに引き受けてくれる。何気なく、さりげなく。でもその優しさが積もり積もって、私の毎日をなんとか支えていたんだと、今ではよくわかる。言葉で気づかせない気遣いって、きっと一番難しい。だからこそ、胸に響いた。

「大丈夫ですか」の一言が心に刺さる日

仕事に追われていたある日、顔を見てふと事務員さんが言った。「先生、大丈夫ですか？」と。その一言で、心の防波堤が崩れた気がした。周囲からは“できる人”と思われていたとしても、実際はギリギリの綱渡り。そんな自分に、そっと声をかけてくれる存在がいることが、どれだけありがたいか。泣きそうになるのを堪えながら「うん、大丈夫」としか返せなかった自分が少し恥ずかしかった。

仕事の成果に映らない気遣い

登記が無事完了したかどうかは、数字で測れる。でもその裏で起きていた小さな気遣い、気配り、心のフォローは、成果には一切現れない。だけど、そんな“見えない努力”にこそ、事務所の雰囲気や信頼は宿るのだと思う。私は事務員さんの存在に何度も救われてきた。その事実を、ようやく正面から認めるようになった。

見積もりの漏れに気づいてくれたことがあった

ある案件で、委任状の作成料を見積もりに入れ忘れていた。私は気づかずにクライアントに提示してしまっていたが、事務員さんが「これ、入ってないですけど大丈夫ですか？」と確認してくれたおかげで、事なきを得た。もし彼女の一言がなければ、数万円単位の赤字になっていたかもしれない。こういう“地味だけど大事な仕事”を、私はもっと評価すべきだったのだ。

訂正印を探してくれていたあの夕方

急ぎの登記申請で、依頼人から訂正印が必要な場面があった。私は別件対応中で手が離せなかったが、事務員さんは依頼人に丁寧に説明し、印鑑を用意してもらっていた。しかも戻ってきた書類はきちんと整理されており、私はそのまま申請できた。私が対応できない部分を、彼女は一言も不満を言わずにフォローしてくれていたのだ。

誰にも評価されない気配りに頭が下がる

こうした小さな気配りは、誰にも褒められない。数字にもならない。でもそれがあるからこそ、事務所がまわっている。誰かが言っていた。「優しさって、誰にも見られていないときにこそ、価値がある」と。事務員さんの優しさは、まさにそれだった。私は、もっと早く気づくべきだった。

「ありがとう」と言うタイミングを何度も逃した

言いたくても、言えなかった。「ありがとう」の一言が、なんだか重く感じてしまって、喉の奥で詰まってしまう。言葉にすれば、今までの自分が全部間違っていたと認めることになるような気がして。でも、本当はそんなことはどうでもよくて、伝えるべきだったのは「感謝の気持ち」ただそれだけだったのだ。

自分の余裕のなさを人のせいにしていた

怒鳴ったりはしなかったけど、無言で不機嫌な態度を取ることは何度もあった。余裕がない自分を、事務員さんのせいにしていた部分もあった。でも今になって思う。実は自分が一番子どもだったと。気を遣ってくれていたことにも気づかず、当たり前と思っていた。あの日々の自分を、少しだけ叱りたい。

本当は感謝していたのに、うまく言えない

頭の中では何度も「ありがとう」と唱えていた。でも実際に口から出すのは難しかった。気恥ずかしさ、照れ、後悔、そんな感情がごちゃ混ぜになって、タイミングを逃してしまう。心の中にある感謝と、言葉にする勇気。その間にある壁が、妙に高く感じてしまった。

帰り際の一言が、ようやく出てきた

ある日、何気ない帰り際に「今日も助かりました」と言ってみた。すると事務員さんは一瞬きょとんとして、それから柔らかく笑った。「こちらこそ」と。その笑顔に、救われたのは私の方だったかもしれない。感謝は言葉にしなきゃ伝わらない。その基本的なことを、私はようやく学びはじめた。