数年ぶりに来た依頼人に名前を間違えられた時の気持ちについて語ろうか

数年ぶりに来た依頼人に名前を間違えられた時の気持ちについて語ろうか

数年ぶりの再会なのに名前が違うという現実

忙しい日々の中、とある朝、数年ぶりに以前の依頼人が事務所を訪ねてきた。懐かしい顔に少し気が緩んだのも束の間、第一声が「〇〇先生、久しぶりですね!」。……ん?それ、俺の名前じゃないんだけど。思わず固まってしまった。苗字を間違えられるというのは、予想していた以上に堪えるものだった。記憶の中に自分がしっかり存在していないという、まるで過去を否定されたような感覚が広がる。これは職業柄の宿命なのか、それとも自分に存在感がなかった証なのか。

開口一番 間違えられた名前にフリーズ

「高田先生、お元気でしたか?」と言われた瞬間、時が止まった気がした。高田って誰だ。俺の名前は稲垣だ。しかも高田なんて全然かすりもしてないじゃないか。頭の中ではぐるぐるとツッコミが回転しているのに、口は笑って「お久しぶりです」とだけ答えてしまった。そう、咄嗟には言い返せない。まるで飲み物を買おうとして自販機でボタンを押し間違え、違うジュースが出てきた時のような、モヤっとした気持ちが残る。

まさかの「〇〇先生」 それ誰

昔は別の事務所にいたとか、何か事情があるのかと思って記憶をたどるも、そんな名前の同業者に心当たりがない。何がつらいって、それが全く悪気なく言われていることだ。つまり、本当に俺のことをそう思っている、記憶がそのまま上書きされているということ。まるで野球部時代、他校の監督に別の選手と間違われたあのときのような屈辱。あの頃はまだ「違います!」と言えたけど、大人になるといろいろ丸くなってしまった。

何も言えずに苦笑いした自分が悔しい

言い返せなかったのは、ただ優しさだけじゃない。仕事の関係上、波風を立てたくないという小さな計算もある。だけど本当は、きちんと「稲垣です」と言いたかった。そういう自己主張すらできない自分に、後からじわじわと悔しさがこみ上げてきた。帰宅後、風呂に入りながら「なんで言えなかったんだろうな」と独りごとをつぶやいていた。これがモテない理由なんだろうな、とぼんやり思いながら。

記憶されていないというダメージ

依頼人の記憶から自分の名前が消えていた。これは単なる間違いではなく、存在そのものが希薄だったことを突きつけられたようなものだ。年を重ねて気づくのは、名前を覚えてもらうことの価値の大きさ。司法書士という職業は、誰にとっても“代わりがきく存在”なのかもしれないという、哀しみすら感じる。毎日まじめにやってきたのに、印象に残っていないなら、いったい何のための努力だったんだ。

司法書士という職業の影の薄さ

司法書士って、やっぱり裏方の仕事だ。世の中から見たら、地味で、特別な印象を持たれにくい。しかもテレビにも出ないし、SNSでバズることもない。よく「弁護士さんですか?」と聞かれて、「いえ、司法書士です」と返すと「それって何する人でしたっけ?」と言われる。職業としての立場が分かりづらいせいか、顔も名前もセットで記憶に残らないことが多い。地味に積み重ねてきた実績も、知られなければないのと同じだ。

地味な努力が報われない瞬間

たとえば、あの依頼人の登記を処理した時、何度も電話をして調整して、期限ギリギリで登記を間に合わせた。自分ではけっこう頑張ったと思っていた。だが、その努力は相手の記憶には何も残っていなかったわけだ。何のためにあの時、夜遅くまで事務所に残って書類を作ったんだろう。そんな風に思ってしまう。頑張っても報われない瞬間に直面すると、自己肯定感がごっそり持っていかれる。

その日の仕事が全て霞んだ

朝一番のこの出来事が、一日のテンションをがっつり下げた。予定していたスケジュールにも支障が出るほど気分が乗らず、効率も最悪。結局、午後からの相談者には「なんだかお疲れですね」とまで言われてしまう始末。ミスもないし、怒られることもない。でも、自分の心がどこかに置いてきぼりになったまま、身体だけが動いているような感覚だった。

一気にやる気が失せた午後

予定していた商業登記の準備も、やろうと思って開いたPCの前で、5分経っても1文字も打てない。集中力がまるで湧かない。事務員に「お昼、買ってきましょうか?」と声をかけられても、ろくに返事もできず、「あ、うん……」と曖昧な返事。まるで打たれたピッチャーが立ち直れずにそのまま降板していくような気分だった。元野球部としては、これはかなり情けない展開。

もう書類なんて見たくない

午後は登記識別情報の交付も予定していたのに、どのファイルを開いても目が滑る。普段ならスッと頭に入る文言も、今日はまるで別言語。カレーを食べてるのに、味がしないような感じだ。休憩中、ぼーっと窓の外を眺めて「このまま辞めても誰も困らないんじゃないか」なんて考えがよぎった。もちろん辞めるわけにはいかないけれど、そんな気分になるには十分すぎる出来事だった。

事務員に八つ当たりしそうになった自分を抑える

こんな日は、事務所の空気もどこかギスギスする。事務員がいつも通りに話しかけてくれているのに、つい「それ、昨日言ったよね」と声を荒げそうになってしまった。ギリギリで堪えたけれど、自分の余裕のなさに嫌気がさした。彼女は何も悪くない。むしろ気を遣ってくれていたのに。こういう時に、誰か愚痴を聞いてくれる存在がいたら、少しは違ったんだろうなと思う。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。