登記所の静寂に潜む影
朝一番の電話
司法書士事務所の電話が鳴ったのは、まだ朝の空気が眠っているような時間だった。眠気まなこで受話器を取ると、相手は地元の法務局に勤める登記官の一人からだった。「ちょっと変な依頼があってね……君に見てもらいたい」と、不自然な間を挟みながら彼は言った。
妙な依頼人の登場
その日の午後、事務所に現れたのは、地味なスーツを着た中年男性だった。自己紹介もそこそこに彼は書類を取り出し、「この物件の登記が、どうもおかしいんです」と言った。見ると、たしかに内容に微妙な不整合があるように見えた。
奇妙な筆跡
訂正印がないという違和感
その登記原因証明情報に目を通すと、訂正印があるべき箇所に何も押されていなかった。筆跡は他と一致せず、まるで別人が書いたようにも見える。シンドウは眉をひそめた。「これは……どう見ても意図的な改ざんだろうな」とつぶやいた。
書類に残された余白の意味
もう一つ気になったのは、申請書の端に残された微妙な余白だった。ただの印刷ミスにしては不自然だ。そこに何かを書いて消した跡でもあるような、妙なにおいがした。まるでルパンが痕跡を残すかのように、意図的な何かを感じた。
登記官は何を見たのか
サトウさんの鋭い指摘
「これ、登記官が普通なら気づくはずです」書類を覗き込んだサトウさんが言う。彼女の声にはいつもの塩対応と違い、冷たい鋭さがあった。「つまり、見て見ぬふりをした……か、最初からグルか」彼女の言葉に、シンドウは小さくうなずいた。
見逃された一点の不整合
被相続人の名前と生年月日が、戸籍に記されたものと微妙に異なっていた。よく見なければ分からない差異だが、専門家なら一目でわかるはずだ。登記官がこれをスルーするなど、あり得ない。「やれやれ、、、また面倒なことに巻き込まれたな」
記録された登記と記録されなかったもの
旧登記簿に浮かび上がる矛盾
古い登記簿を取り寄せて確認したところ、かつて別の所有者が存在していた痕跡が見つかった。しかし、その名は新しい記録からは完全に消されていた。「これは……抹消登記の手続きが存在しない。勝手に消したな」シンドウは確信した。
消された所有者の名
消された所有者は、どうやら依頼者の兄だったらしい。兄は十年前に失踪していたが、実は亡くなったと偽装されていた可能性がある。もしそうなら、今回の申請は虚偽だ。登記簿は語らないが、その沈黙の裏には恐るべき闇がある。
沈黙の裏にある動機
過去の共有者の死
確認の結果、兄は正式には死亡届も出ておらず、行方不明のままだった。依頼者はそれを逆手に取り、自ら単独相続したかのように装って登記を試みたのだ。登記官は、それに気づきながら黙認していた。そこに何らかの共犯関係があった。
静かに語る登記官の目線
再び法務局を訪れたシンドウは、登記官に面と向かって尋ねた。「あなたは気づいていたはずです」登記官は長い沈黙のあと、静かにうなずいた。「だが、どうしても断れなかったんだ……あいつの父親に恩があってな」声は震えていた。
突きつけられた真実
やれやれ、、、思ったより深い闇だった
真相は、地元の名家が過去に数々の闇登記を繰り返してきたことに端を発していた。その末裔が今回の依頼人だったのだ。シンドウは、汚れた糸をたぐりながら、また一つ胸が重くなるのを感じていた。「やれやれ、、、」とつぶやくのが精一杯だった。
登記簿の余白が語った真相
最初に見た余白は、後から打ち込まれた空欄に印鑑が入る予定だった。しかし、そこに印は押されなかった。最後の一線を越えることに、誰かが躊躇した。登記簿の語らぬ余白が、それを物語っていた。
事件の幕引き
沈黙を守る者たち
登記官は自らの非を認め、内部調査を受ける決意をした。依頼者は、登記の虚偽申請により告発されたが、すぐに逃げ道を用意していた。事件は解決ではなく、静かに終焉を迎えることになった。誰も語らず、誰も救われなかった。
サトウさんの一言が刺さる
「正しいことをしても、報われるとは限らないんですね」サトウさんはため息交じりにそう言った。その言葉が、妙に心に残った。「そういうもんだ」としか、シンドウには返す言葉が見つからなかった。
再び日常へ
机の上に置かれた未処理の書類
事務所に戻れば、机の上には山積みの書類。事件があろうがなかろうが、登記は待ってはくれない。現実は静かに、そして無慈悲に続いていく。
コーヒーの湯気と次の依頼
淹れ直したコーヒーの湯気が、淡く立ち上る。ふと、玄関のチャイムが鳴った。次の依頼人か――。疲れた顔を引きつらせながらも、シンドウは立ち上がった。「さて、次はどんな闇だろうな」