証明されすぎた動機

証明されすぎた動機

朝一番の依頼

サトウさんの冷たい一言と封筒の中身

「また変な人来てますよ」と、サトウさんが朝から無機質な声を放つ。コーヒーすら淹れる前に玄関を覗くと、スーツのシワに人生が染み込んだような男が立っていた。手に持つ茶封筒がやけに重そうで、それだけでろくでもない案件の予感がする。

依頼人は誰か

笑わない男の不可解な依頼

名刺には「株式会社カミシロ不動産」とある。依頼は簡単、所有権移転登記の申請準備。ところが提示された登記原因証明情報を見て、私は眉をひそめた。正確すぎる。完璧すぎる。まるで誰かが“理想の証明書”を模写したように。

登記原因証明情報の違和感

どこかで見たような文言

文言は「平成27年7月1日売買」とあり、契約書の写しも添付されていた。が、それを見た瞬間、どこかで見覚えのある印影に気づく。あれは数年前に別件で処理した書類と同じものじゃないか?記憶が揺れ動いた。

調査の始まり

元野球部の嗅覚が働くとき

ファイルキャビネットの奥から旧案件の書類を引っ張り出す。汗ばんだ指先が紙をめくるたびに、かつてのグローブの感触が蘇る。あった。同じ契約書、同じ判子、日付だけが違う。これはコピペじゃなく、複製だ。

過去の登記簿を遡って

数字の罠と改ざんの痕跡

登記簿をたどると、今回の物件は実は三年前にすでに売買されていた記録があった。だが、それは抹消されており、しかも関係書類が妙に整いすぎている。まるで手品師が「何もありません」と示す帽子の中のように、虚無の整然さだ。

やれやれ、、、またこれか

サザエさんと書式の話

「どうしてみんな書類だけで完璧にやった気になるんでしょうね」とサトウさんがため息をついた。確かに、書式が整っていれば通ってしまうこともある。登記界の“サザエさん症候群”か。日曜日に家族で安心して見てたら火曜あたりに何かやらかすタイプ。

不自然な原因欄

「売買」と記されたその裏側

契約書の形式は正しい。しかし、実際の取引日とされる日は、旧所有者がすでに死亡していた日と一致する。死人に署名を求めるとは、まさに怪盗キッドも真っ青な手口。ここに書かれた「原因」は現実と乖離している。

サトウさんの推理が冴える

司法書士より先に真実にたどり着く

「この人、たぶん地面師ですね」とサトウさんがスマホ片手に言う。検索していたのは、不動産業界の不正取引リスト。そこに依頼人の名前があった。私の出番は…なかったのかもしれない。やれやれ、、、。

登記原因を証明するもの

その書類が語る嘘と矛盾

公証人役場にも確認を取ると、今回の契約書には署名認証がされていない。しかも、証人欄に記載された人物は実在しないと判明した。登記原因証明情報は、逆に“嘘を証明する情報”だったわけだ。

証明されたのは誰の動機か

依頼人の動揺と告白

問い詰めると、依頼人は目を伏せて言った。「会社が潰れそうで……。どうしても、少しだけ…登記が動いてくれれば」。証明されたのは取引の正当性ではなく、この男の追い詰められた動機だった。

最後に一言

紙の上では人は裁けない

事件としては警察に引き継ぎ。私は何もしてないようで、たぶん何かした。書類の真実と人の嘘が交差するこの世界では、たった一枚の紙が運命を変える。だが、裁くのは書類じゃなくて、やっぱり人間なんだよな。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓