余白が告げた静かな告発

余白が告げた静かな告発

朝の静寂と一通の依頼

古びた戸建てと不審な相談

静かな朝だった。普段よりも一時間遅れて目を覚まし、濡れた靴下を踏んでげんなりしたそのとき、事務所のドアが勢いよく開いた。立っていたのは60代前半の男性、手に一通の登記事項証明書を持っていた。

「この書類、なにかおかしいんです」と男は言う。古びた戸建てに関する所有権の移転登記に関して、どうしても納得できない点があると話し始めた。

証明書に残された違和感

証明書を手に取った瞬間、何かが引っかかった。しかし、それが何なのかはすぐにはわからなかった。ただ、全体が整っているのに、どうにも“気持ち悪い”。余白が、広すぎる気がした。

事務所の古い蛍光灯の下で、じっと書類を見つめていると、サトウさんがコーヒーを持ってきてくれた。目の前に差し出されたマグカップには、温度を保つステンレス蓋がのっていた。…いつもより気が利いてるな。

依頼人の過去と不可解な主張

家族関係と相続のねじれ

依頼人は、亡くなった兄の家の相続人の一人だった。しかし登記簿上では、なぜか生前贈与という形で兄の家が第三者に渡っていた。しかもその贈与日は、兄が入院して意識がなかった時期と一致していた。

「兄はそんなこと、絶対にしないはずです」そう言う彼の目には、本当に信じたいという切実さがあった。だが、証明書の内容は公的なものだ。簡単にひっくり返せる話ではない。

遺言と登記簿の整合性

遺言書も確認した。しかし、そちらには件の家についての記載はなかった。つまり贈与が事実であるなら、遺言には残せなかったということになる。

とはいえ、贈与の証明となっているこの登記事項証明書には、やはり何か違和感が残る。シンドウの脳裏には「妙な余白」という言葉だけが残った。

サトウさんの塩対応と優秀さ

司法書士事務所での何気ない一言

「シンドウさん、それ、前に申請されたものじゃないですか?」

サトウさんが、ふとした調子でつぶやいた。どうやら別件の登記と同じ人物が、同時期にいくつもの所有権移転を行っていたらしい。

「前回と余白が全然違うんですよね。同じ様式で申請したはずなのに。」彼女が並べた2枚の証明書の比較が決定打になった。

見逃されていた書類の余白

本来なら、ページ最下部に出るはずの受付番号が、なぜか数ミリ上にある。…つまりこれは、印刷時に“何か”をカットして再印刷した可能性があるということだ。

それは、まるでサザエさんのオープニングで波平が新聞を持っていたのに、次のカットでは手ぶらになってるような違和感だ。普通なら気にしない。でも、気づいた瞬間、目が離せなくなる。

疑惑の広がりと確信

空欄の意味と加筆の可能性

「この空欄、本来なら受贈者の住所が入る欄ですよね?」

「ですね。でも何もない。」サトウさんはPCの検索履歴を見せながら、過去に類似した贈与登記の例を挙げてくれた。どれも、受贈者の記載がある欄は、きっちり埋まっている。

それが、この証明書にはない。しかも、わざわざその欄を切り取ったような印刷のズレ。シンドウの頭に、確信が走った。

本来あるべき印影の行方

「つまり、印影がなかったんだな…」

本来なら表示されるはずの受領印。それがなかったから、再印刷で都合の悪い部分を隠した。申請の根拠となる証明の一部が、意図的に削除されていたということだ。

犯人は、その削除を見抜かれないよう、元のデータを加工して提出していた。やれやれ、、、また厄介な連中に当たったもんだ。

現場への足取りとひとつの発見

古いプリンターの記録

依頼人と共に、贈与を受けたという人物の自宅を訪ねると、そこには型落ちのプリンターが鎮座していた。何気なく紙詰まりのトレイを開けると、そこに1枚の用紙が挟まっていた。

それは、元の証明書だった。しかも、受領印と受贈者の欄がしっかり記載されていたバージョン。見事な物証だった。

時刻と筆跡の不一致

さらに驚くべきことに、その証明書には手書きで日付の訂正がされており、筆跡が全く異なっていた。まるで名探偵コナンの阿笠博士が変装しても、声のトーンでバレるみたいに、違和感が際立っていた。

それを見た依頼人は、肩を落としつつも「兄の意思を取り戻せた」と呟いた。

やれやれの瞬間と真実の告白

証明書の余白が暴いた名前

最終的に、証明書の余白とプリンターの残骸、筆跡鑑定の三点セットで贈与の無効が証明された。贈与の書類は偽造、提出者は兄の元看護師で、家の名義を乗っ取ろうとしていたのだった。

余白という名の沈黙が、最も雄弁に真実を語った瞬間だった。

沈黙を破った意外な人物

後日、その元看護師は自ら出頭した。「彼にはお世話になった。でも、病室で“家はあげる”と言ってくれたんです」と言い訳をした。

だがそれは、口約束であり、法的には無効だった。

解決の代償と依頼人の涙

シンドウの複雑な表情

事務所に戻ったシンドウは、コーヒーを一口啜ってため息をついた。

「やれやれ、、、証明書とにらめっこする人生って、どうなんだろうな」

窓の外は曇天。陽は差していないのに、どこか眩しく感じた。

サトウさんの短い言葉

「でも、救われた人はいたでしょう?」

相変わらず塩対応だが、その一言に少しだけ、報われた気がした。

日常への帰還といつもの事務所

やれやれ、、、今日もコーヒーがぬるい

マグカップの中身は、事件に夢中になりすぎてすっかり冷めていた。電子レンジにかけ直そうと立ち上がると、サトウさんがすでに温めたものを差し出してきた。

「最初からそれ出してよ」と言うと、「言ってくれないとわかりません」と返された。

次の依頼者が鳴らすチャイム

チャイムが鳴った。ドアを開けると、今度は中年の女性がやや緊張気味に立っていた。

「登記の件でご相談が…」

やれやれ、、、また始まる。静かな事務所の日常に、再び少しだけ、事件の匂いが漂い始めていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓