紙に書かれた嘘
朝のルーティンは愚痴から始まる
今朝もまた、コーヒーをこぼしてシャツを着替えるところから始まった。洗面所でうなだれていると、事務所の時計が無情にも8時半を知らせた。やれやれ、、、月曜の朝からこれでは先が思いやられる。
急いで事務所に着くと、サトウさんが既に来ていて、黙々と書類の山を片付けていた。その背中には哀愁すら漂っている。いや、哀愁じゃないな、冷気だ。
サトウさんの冷たい一言
「そのシャツ、アイロンかけてませんね」とサトウさん。僕の出オチ的失敗を見逃すわけがない。
「それより、この住民票、おかしいですよ」と資料を突き出してきた。内容を覗くと、見慣れた形式のはずが、妙にざらっとした違和感が残った。
住民票の違和感
対象者は一見普通の人間だ。だが住所が、僕の記憶と合わない。何かが違う。どこかで見たことがある気がする。
「これって、去年相続登記で訪ねた物件と同じじゃないですか?」とサトウさんが言う。言われてみれば確かに。だがあのアパートは空室のはずだった。
登録された住所を追って
午後からの予定を全部後ろ倒しにして、現地へ向かった。建物は古く、階段は錆びていたが、表札はしっかりとその名前だった。
ノックしても反応はなく、周囲の住民も「そんな人、見たことない」と首を傾げる。これは何かの匂いがする。
アパートにいたはずの住人はいない
建物の管理人に確認すると、「ああ、あの部屋はずっと空きです。誰も借りてませんよ」とあっさり言われた。
では、なぜ住民票がここにある? そもそも申請されたのはつい一ヶ月前だ。書類には偽りがあるのか。
名義貸しの影
一瞬、昔の『シティーハンター』のような悪徳不動産屋の顔が浮かぶ。裏で偽装工作か。いや、あの漫画ほど色気のある展開ではない。
名義貸し、あるいは住所ロンダリング。どちらにせよ、ここに真実はない。紙の上だけの存在なのだ。
昼メシ抜きで向かった市役所
空腹を我慢して市役所の戸籍課に向かう。担当者は親切だったが、「提出された書類に不備は見つかりません」とのこと。
だがそれが逆に怪しい。完璧すぎる書類は、どこかで加工された可能性がある。やれやれ、、、本気で調べるしかないか。
登録の事実と虚構
記載された保証人の情報を追うと、そこにも同じような傾向が見られた。バーチャルな人物の連鎖。裏で一人の手によって作られた気配がある。
そして、ようやくたどり着いたのは、ある司法書士の過去の事件簿。数年前に処分を受けた人物が作成した偽書類の形式と酷似していた。
消えた依頼人の正体
今回の依頼人は、電話もメールも既に不通。最初から逃げるつもりだったのだろう。いや、それだけでは済まない。
この書類、何かの足がかりに使われている。例えば詐欺、あるいは闇金絡みの口座開設。想像するほど胃が痛くなる。
裁判所提出書類の不一致
登記に使われていた印鑑証明と、今回の住民票の筆跡が微妙に異なる。完全コピーではない、トレースの痕跡がある。
これに気づいたサトウさんはすぐ筆跡鑑定に回し、半日で結果を出した。さすが、サザエさんに出てきそうなデキる補助者である。
過去の登記との接点
過去に同じ名義で出された抵当権設定登記が浮上。そこの住所と今の住民票の住所は同一。つまりこれは、複数案件にまたがる偽造ネットワークだ。
「司法書士にしか気づけないですね」とサトウさんが小さくつぶやいた。その言葉にだけ、少しだけ救われた気がした。
偽装された賃貸契約
決め手は契約書。日付と印影が不自然だった。貸主も架空。契約書すらネットで生成された形跡がある。
あとは警察に流すだけだ。全てのピースは揃った。紙に書かれた嘘、それが今回の真相だった。
元野球部の勘が冴える
振り返れば、最初の違和感は住所の番地だった。「そこは昔、球場だったんですよ」。地元民ならではの知識が決め手となった。
「また地味に役立ちましたね、元野球部」とサトウさんに言われたが、褒められているのかどうか、微妙だった。
サトウさんの推理と決定打
一連の資料の中からサトウさんが見つけた、タイムスタンプの矛盾。それが最終的に、依頼人が提出した書類が改ざんされた証拠となった。
「あなたがうっかりしてる分、私が気づくしかないですね」と言われたが、なぜかその声が少し優しく感じた。
嘘は紙から剥がれる
全てが終わった夜、冷えた缶ビールを一本開けた。書類の山を見て、また明日も誰かの嘘に向き合うのかとため息が出る。
でも、紙の嘘は紙の中にしかない。僕たちはそれを剥がして、少しでも真実に触れるだけだ。やれやれ、、、また一件落着、というわけか。